焼き魚でも、刺身でも、さまざまな料理でおなじみの「鮭」。北海道・知床では、海と森を行き来する鮭が、その豊かな自然を支えている存在だ。「鮭」の向こう側には、自然と命の循環がある。北海道では近年、食の背景にある自然や歴史、文化まで体験する「ガストロノミーツーリズム」が注目を集めている。本記事では、北海道の鮭を中心としたそんな旅を提案する。【北海道の豪華ギフトが当たる!キャンペーン開催】

ELEMINIST Editor
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ウトロ鮭テラスでの秋鮭の水揚げの様子。
スーパーの鮮魚コーナーに並ぶ、一切れの秋鮭。私たちは「北海道産」という文字を見て、その旬やおいしさを思い浮かべることはあっても、その向こう側に広がる物語を知る機会は、そう多くない。
北海道・標津(しべつ)町は、「鮭の聖地」と呼ばれ、一万年もの昔から鮭とともに暮らしを紡いできた町だ。海で育った鮭は、長い旅を経て再び故郷の川へ戻り、その命は森へ、そして次の世代へと受け継がれていく。壮大な循環の中から、この土地ならではの歴史や食文化も育まれてきた。
私たちがふだん何気なく口にしている一切れの鮭。その背景にある、自然と人が紡いできた一万年の物語をたどってみたい。
私たちが「鮭」と呼んでいる魚は、一種類ではない。北海道で水揚げされる天然のサケ(シロザケ・秋鮭)やサクラマスのほか、近年は養殖のアトランティックサーモンやニジマスなども広く流通しており、スーパーの売場にはさまざまな「鮭」や「サーモン」が並んでいる。
「50年ほど前は、寿司ネタにサーモンはありませんでした。1980年代に回転寿司が普及し、ノルウェー産などの養殖サーモンが広まったことで、今のように身近な存在になったようです」
そう話すのは、標津サーモン科学館副館長の西尾朋高氏だ。
北海道知床半島と根室半島の中間にあるのが野付(のつけ)半島だ。
北海道では、各地で鮭が水揚げされている。その中で今回焦点を当てるのは、根室海峡に面した標津町(しべつちょう)である。標津町は「鮭の聖地」と呼ばれ、日本遺産「鮭の聖地の物語〜根室海峡一万年の道程〜」の舞台の一つでもある。
その理由は、単に鮭の水揚げ量が多いからではない。約一万年前の縄文時代からこの地では人々が鮭を利用し、その恵みを受けながら暮らしを営んできた。各時代の遺跡から鮭の骨が見つかっており、人と鮭との関わりが途切れることなく続いてきたことを物語っている。
「他の地域でも鮭を利用していたとは思いますが、標津は遺跡から出てくる鮭の割合が非常に高いんです。恐らく秋になると周辺から人が集まり、鮭を獲って保存し、それぞれの土地へ持ち帰っていたのではないかと考えられています」(西尾氏)
冬を前に大量に遡上する鮭は、人間にとっても貴重な食料であり、保存しながら長く利用する知恵が、この地の食文化を育んできたという。その代表格が「山漬け」である。
大量の塩をまぶし、鮭を山のように積み重ねて脱水・熟成させる伝統的な保存食で、江戸時代に本州から塩が運ばれるようになったことで製法が定着した。冷凍設備がない時代に長期保存・輸送も可能である。現在スーパーで見かける「甘塩鮭」とは異なり、時間と手間をかけてうま味を凝縮させる昔ながらの知恵だ。
さらに標津では、心臓や胃袋(チュウ)、腎臓(メフン)、鼻先の軟骨(氷頭・ひず)まで、一匹を余すことなく食べる文化が今も受け継がれている。
「町内では今でも鮭の心臓がパックで売られていて、それを楽しみにしている人がいるんですよ。チュウやメフンも普通に買えます。それだけ、この食文化が今も地域に根づいているということだと思います」(西尾氏)
これらは珍しい郷土料理だから残ったのではない。大量に水揚げされる鮭を無駄なくいただき、暮らしの中で受け継いできた結果として食文化になったのである。
そして、その背景にはもう一つこの土地ならではの物語がある。鮭は人間だけの食料ではない。海で育った鮭は、多くの命を支えながら森へと栄養を運ぶ存在でもあるのだ。
知床八景のひとつ、川がないのに存在する「フレペの滝」。知床連山から流れてきた地下水が断崖に染み出し、オホーツク海に流れ落ちている。
世界自然遺産・知床の豊かな自然を支えているのは、海と森を行き来するサケの存在だ。
知床財団の山本幸氏によると、海で数年を過ごしたサケ(シロザケ)やカラフトマスは、秋になると生まれた川へ戻り、産卵によってその命を終える。鮭はヒグマやキタキツネ、エゾクロテン、鳥類など多くの生きものの命を支え、ヒグマが食べ残した鮭もまた、ほかの動物たちの餌となる。一匹の鮭が、森に暮らすさまざまな命へと受け継がれていくのである。
この循環について、標津サーモン科学館の西尾氏は、こんな言葉で教えてくれた。
「“森が海の生き物・豊かさを育てる”という話はよく聞きますが、サケの場合はそれだけではないんです。むしろ重要なのは、海でエサを食べて大きく成長したサケが、海の栄養を陸へ運んでくることなんです」(西尾氏)
近年の研究では、実際に知床の森林から海由来の元素が検出され、鮭が運んだ栄養が森へ還元されていることも確認されているという。
Photo by 北海道観光機構
もちろん、循環は一方向ではない。森は雨水を蓄え、ミネラルなどを川へ送り出し、その川は海へと注いで豊かな海を育む。さらに知床では、冬に流れ着いた流氷が春先に溶け出すことで栄養分が海へ供給され、生態系を支えている。そしてその海で育った鮭が再び川を遡り、森へ海の栄養を運ぶ。知床財団の山本氏は、この海・川・森を巡る双方向の循環こそが、世界自然遺産・知床の大きな価値の一つだと説明する。
一万年にわたり鮭とともに歩んできた標津の歴史は、この自然の循環の上に成り立っている。「鮭の聖地」と呼ばれる理由は、水揚げ量や食文化だけではない。海と森、人と野生生物をつなぐ存在として、鮭がこの土地の自然と暮らしを支え続けてきたことにある。
サクラマスのルイベ漬け丼。
一万年にわたり鮭とともに歩んできた歴史。海から森へと命をつなぐ自然の循環。そして、一匹を余すことなくいただく食文化。標津では、それらを知識として学ぶだけではなく、自分の目で見て、味わい、体感することができる。
標津サーモン科学館では、秋になると川を遡上する鮭の姿を間近に観察できるほか、町内では新巻鮭づくりなど、この土地ならではの食文化に触れられる機会もある。また、地域の飲食店では、山漬けやメフン、チュウなど、鮭を余すことなくいただく文化を今も味わうことができる。西尾氏が語っていた一つひとつの話は、標津では特別な展示ではなく、今も地域に息づく暮らしなのである。
こうした体験は、近年注目される「ガストロノミーツーリズム」にも通じる。その土地ならではの食を味わうだけではなく、背景にある自然や歴史、文化まで含めて体験する旅だ。
知床財団の山本氏は、「魚が穫れる海の環境や、その場所が置かれている自然環境の変化に少しでも意識を向けてもらえたらうれしい」と話す。海の変化は、やがて私たちの食卓にも届く。だからこそ、その土地の背景を知ることは、食べものを選ぶ視点を少しだけ広げ、自然とのつながりを身近に感じるきっかけにもなる。
旅先で味わう一皿は、決して「おいしい」だけでは終わらない。その土地でなぜその料理が生まれたのか。どんな自然が育み、どんな人々が受け継いできたのか。物語を知ることで、食はもっと豊かな体験へと変わっていく。
旅を終えたあとには、食卓に並ぶ一皿が、これまでとは少し違って見えてくるかもしれない。
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