東京大学未来ビジョン研究センター教授の江守正多さんに気候変動について取材した企画の後編。私たちにできることは何なのか、具体的に行動できることを聞いた。
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気候変動対策についても質問が寄せられた。いま世界では、温暖化対策の国際ルール「パリ協定」により、世界の平均気温を産業革命前と比較して1.5℃に抑えることが義務づけられている。日本でも2050年までにカーボンニュートラル、つまり温室効果ガスの排出量実質ゼロを目指しているところだ。そのためには、CO2を出さないエネルギーシステムへの変換が必要だが、どんな政策が行われているのだろうか?
江守さん これはもしかしたら、みなさんが思っている以上に世界で対策が進んでいる側面もあるかと思います。というのも、昨年1年間で新規導入された発電設備の設置容量をみてみると、9割が再生可能エネルギー(※10)だったそうです。いま、太陽光発電や風力発電が安くなってきていて、しかも火力発電や原子力発電より早くつくれる。そのため、世界中で再生可能エネルギーが増えてきているんです。とはいえ、まだまだパリ協定で目指しているような削減ペースには足りていません。
国別にみてみましょう。まずアメリカに関しては、いまは特別だと思います。トランプ政権になって、気候変動を非科学的に否定していたような人たちが、政権の中枢で意見をいう立場になってしまった。連邦政府としては、気候変動対策に取り組まないどころか、むしろ全力で妨害しているということが起こっています。一方で、アメリカで対策がまったく進まないかというとそうではなくて。州や都市、企業などは気候変動対策に積極的であるところも多い。アメリカでも再エネが安いので、どんどん増えていくという側面もありそうです。
ヨーロッパは気候変動対策に積極的なんですが、計画の遂行が難しくなって調整を迫られている状態です。というのも、野心的な高い理想を掲げているので、その通りに実現しようとすると産業の方が対応しきれない。ロシアから天然ガスを買ってこられなくなったのも影響しているようです。しかし積極的であることは変わりません。
それから中国。中国は世界最大の温室効果ガス排出国ですが、同時に、太陽光発電や風力発電、電気自動車とそのバッテリーにもすごく投資をしています。国内はもちろん世界にも輸出しており、変化のスピードが早い。その効果があって、去年から今年にかけて、中国の温室効果ガス排出量が減りはじめた(※11)というニュースもありました。これからどんどん変わって世界を驚かせることもあるかもしれません。
開発途上国については、経済発展にともなってエネルギー需要が格段に増えているという現状があります。そのため、再生可能エネルギーも増やしているんだけども、ぜんぜん足りなくて。インドやインドネシアなどは、石炭の利用も増やさざるを得ないということがあるのだと思います。
————世界では「再エネは安い」というのが常識のようですが、日本では高いイメージがあるのですが……。
江守さん 日本では、「固定価格買い取り制度(FIT)」(※12)の賦課金というのが電気料金に上乗せされているので、再生可能エネルギーは高い、というイメージがあるのだと思います。FITは再エネでつくった電気を20年間、国が定める価格で買い取ることを電力会社に義務づけるしくみで、とくに高かったのが最初の2012年〜2014年くらい。20年をすぎると、つまり2033年くらいからは賦課金は安くなっていくはずです。
一軒家でご自宅の屋根に太陽光パネルをのせていただければ、石炭や天然ガスが高騰して電気代があがっても、安い電気が使える。トータルでみると太陽光パネルの方が安いという状況は出てきていると思います。そういう意味では、「日本でも再エネは安い」といえるのではないでしょうか。
江守さん 日本政府としては、全体的にみて標準的だと思います。特段すばらしくもないけれど、かといって悪くもない。2050年までに温室効果ガスの排出量実質ゼロを目指すというのは、これはもう法律に書き込まれています。2021年に改正された「地球温暖化対策の推進に関する法律(温対法)」(※13)ですね。それに向けて、再生可能エネルギーの推進や、脱炭素化技術の研究開発の促進などが、政府主導で行われています。このこと自体はある程度評価できるのではないかと思います。
ただ、もっと気候変動対策を進めるべきだという人たちからは、不満の声があがっているのも事実。なぜかというと、いまの日本政府の気候変動対策というのは、かなり産業寄り。既存の産業が取り組みやすいように配慮されているからです。それがいいか悪いかというのは見方によると思います。無理をして産業に変革を求めたら、失業者が増えたり、日本の貿易収支が悪くなる可能性もある。答えのはっきりしない問題ではあるので、いまの政府のやり方はひとつの選択肢なのかもしれません。
さらにいうと、「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(GX推進法)」(※14)という法律ができたことにも、不満が寄せられています。国債を発行して資金を調達し、それを企業に渡して投資を促す。先にお金を渡すから、どんどん研究開発をして脱炭素化できるようになってください、ということです。国債は借金なので返済しなくてはいけない。将来的には、化石燃料賦課金や排出量取引制度(カーボンプライシング)という形で徴収します。産業側からすると、アメとムチでいうアメを先にたくさんもらえるスキームになっている。ムチを求める人たちは、そこに不満を感じるのだと思います。
————原子力発電をどうするのか、というのも大きな問題ですよね。
江守さん いま日本政府としては、再稼働できるなら積極的にしたい。原発の新増設というのも、できればしたいというスタンスになったわけです。気候変動対策という意味では、再稼働についてはコスト的に考えても、CO2の排出量から考えてもプラスになるはずだと思います。ただ、新増設はコストが高くなるといわれているので、合理的かどうかは、ちょっと僕にはわからないです。
CO2を出さない電源を大規模に増やすという意味では、ひとつの選択肢かもしれません。だけど3.11以降、原子力発電はまだ十分に信頼を得ていないと思っている人もたくさんいらっしゃると思います。そういう人たちからは批判されるのではないでしょうか。再稼働にしても、もちろん地元の同意を得ないといけないですし、現実的な避難経路の設定など、ハードルは低く無さそうです。
資源エネルギー庁による「エネルギー基本計画の概要」より抜粋。
————2040年度の電源構成について、再生可能エネルギーは4~5割、原子力は2割程度(※15)となっています。これは実現可能だと思われますか?
江守さん 原子力の新増設が本当にできるかどうかまだわからない状態ですから、2割までいかない可能性が高い。原子力をやる必要があると思っている人たちは、新増設が行われないまま時間がたつと、原子力技術の継承ができなくなって、日本に原子力の技術者がいなくなってしまう。そういうことを懸念しているのだと思います。
日本は原子力発電でウランと混ぜて発電に使うという名目でプルトニウムを持っています。将来的に原子力発電をしないとなると、なんで日本はこんなにプルトニウムを持っているんだ、ということになり、国際問題になる可能性もある。平和目的で使うという説明がつかなくなってしまう。他にも僕が知らない理由もあるかもしれませんが、原子力をやめるのが難しいのは政治的な理由もあるのだと思います。
農業生産と太陽光発電の両方で、太陽光をシェアするソーラーシェアリング。
一方で再生可能エネルギー。これは全力で増やさなきゃいけない。とくに政府が積極的にやっているのが洋上風力です。政府が海域を指定して、入札をして、どんどん進めていたのですが、いまは見直しを迫られています。昨今の資材高騰などにより、予定していたプロジェクトの採算性が成り立たなくなってしまったことが原因です。
太陽光発電については増えていくべきだし、そうなっていくと思います。制度的にももっと後押しができるのでは。例えば東京都。今年4月から新築住宅に太陽光パネルを設置するのが、ほぼ義務化(※16)されました。これは全国的に広がっていくべき良策だと思いますね。
ただ、土地系の太陽光はメガソーラーの乱開発が各地で問題になってしまって、反対運動も起きているような状態です。事業規律の見直しということで、少し厳しくする方向になっています。もちろん森林を切り倒し、太陽光パネルを立てるような乱開発には反対してください。だけど、太陽光発電そのものを嫌いにならないでほしい。ここにつくるのは反対でも、どこかで増やさなければいけない。
僕が個人的に注目しているのが、「営農型太陽光発電」(※17)です。畑や田んぼの上に背の高い太陽光パネルを隙間を空けて設置することによって、農業をしながら太陽光発電ができるというもの。そうすると、日陰ができるので農作業もしやすいし、作物の生育温度も上がりすぎない。しかも農地というのはすでに開発された土地なので、新たに自然を破壊する必要もありません。電力を売ることで農家さんの収入も増えますしね。こういったことを、もっと制度的に後押しするべきだと思います。
————電気自動車(EV)についてはどうでしょう?
江守さん 電気自動車の導入については、日本は特別に遅れています。国として充電ステーションを増やす必要があるのに十分にやっていないとか理由はさまざま。補助金はつけているのですが、国民も必要性をそこまで感じていないし、メーカー側も積極的に売っていない。日本はエンジンの自動車技術を得意としてきたこともあり、自動車メーカーにしろ、社会にしろ、電気自動車に移行しようという雰囲気になっていないと感じます。世界では逆風だなんだと言われることもありますが、電気自動車はけっこう増え続けています。日本が取り残されないか心配です。
江守さん 大気中から人工的にCO2を除去する方法と、人工的に雲を増やして日射を遮り地球を冷やす方法があります。前者については、すでにスタートアップもでてきて事業化していますが、めちゃくちゃコストが高い。いわゆる「DACCS(二酸化炭素直接空気回収・貯留)」(※18)とよばれるもので、大気からCO2を吸収して地中1000mくらいの深さに高圧で注入し、閉じ込める。世界全体で温室効果ガス実質ゼロを目指すためには、これを大規模にやるしかないと考えられています。
一方で日射を遮る方法は、よく議論されているのが、成層圏に微粒子(エアロゾル)をまく、「成層圏エアロゾル注入」(※19)という考え方。日射を遮る微粒子を空にまき続けることで、地球を冷やすということなんですが、うまくコントロールできるのか、人間が気候を自由にコントロールできるようになっていいのか、いろんな議論があって。推進派と慎重派が拮抗しているような状態です。これが最終手段になったときのために、研究はすすめておくべきだという意見も根強いです。
ここまで温暖化の現状について知り、どんな対策が行われているのかをみてきた。パリ協定の1.5℃で温暖化を止めるという目標からすると、対策スピードは足りていない。私たちにできることは何なのか。マイボトルやマイバッグを携帯するだけでいいのか。エネルギーの転換や社会のシステムを変えるための方法について聞いてみた。
江守さん 自分なりの社会運動をしていただく。社会運動とは署名をしたり、デモをすることだけではありません。広く捉えると、SNSで気候変動について発信したり、そういう発信に「いいね」をつけることも含まれます。周囲の人と会話するだけでも、社会を変える一歩になるかもしれない。
僕がよくいっているのは、気候変動対策というのは進めなければいけないんだ、そう理解して、賛成してくれる人が増えるだけでありがたい。例えば、再エネの乱開発が問題になったとき。こんな状態なら温暖化対策なんてしなくていい、と思うのではなく、やっぱり温暖化は止める必要がある、火力発電を減らすには別の電源が必要だよね、じゃあどうやって再エネを増やそうか。そんなふうに考えてくれる人が大多数になってほしい。何か行動しなくても、それだけで再エネを後押しする世論につながると思うので。
ひとつ関連する事例として、「気候市民会議」(※20)についてご紹介したいと思います。日本では自治体レベルで行政等が主催しているのですが、無作為抽出の市民が集まって、専門家から情報提供を受けながら、グループにわかれてじっくり議論をする。そこで気候変動対策を提案するという会議があるんですよ。社会運動への参加の仕方として面白いと思いますね。
江守さん 最近、僕がこだわって話しているのは、電化の推進です。いろんな議論がありうる話ではあるんですが。オール電化住宅ってありますよね。一時期増えていたんですけど、3.11のときに電気が止まって、やっぱりガスがないと不便だということがあったのでしょう。最近はあまりいわなくなりました。
ただ、戸建ての住宅にほぼ太陽光パネルがのって、蓄電池ももっと安くなってくるのであれば、災害時にも自宅の太陽光発電と蓄電池でじゅうぶん賄える。そうなるとオール電化というのは、もっと選択肢に入ってくると思うんです。しかも電気というのは脱炭素しやすい。再エネで発電すればいいだけですから。逆にガスは脱炭素しにくい。温室効果ガスそのものなので。今後、脱炭素化を本気で目指していくなら、ガスより電気のほうがいいというのが常識になるはずです。
すでに海外の自治体では、新築の住宅にガス設備をつけない、電化の標準化をしているところもあるようです。ガス業者のいないところで議論するのはフェアじゃないですが、こういった議論がもっと日本国内でもされるべきだと思います。
あとは少しマニアックになりますが、飛行機のマイル。いまは乗れば乗るほど安くなりますよね。それをやめて、乗れば乗るほど高くする。「Frequent Flyer Levy(高頻度搭乗税)」という言い方をするんですが、そんな議論もあります。飛行機はどうしても脱炭素化しにくいので、できれば使用頻度を減らしていきたい。だからしょっちゅう乗っている金持ちのチケットを高くして、こんなに高いならオンライン会議でいいや、となってもらう。ただ、すべてのエアラインでデータベースを共有する必要があるので、システムとしては格段に難しいですし、航空会社は嫌がりそうですけどね。
本格的に制度や社会システムを変えようとすると、ガス会社が嫌がる、航空会社が嫌がるといったことが出てきてしまいます。それを社会全体として「脱炭素化するんだ!」と意思決定をして、産業に調整してもらう。本当はもうそういったことが起きなければいけないのに、まだ議論のレベルにもいっていないのだと感じています。
取材は当初の予定を30分もオーバーしたほど、江守さんにはわかりやすく、丁寧に答えていただいた。今夏の異常ともいえる暑さに、温暖化が加速してしまったのかと不安を覚えたが、今年の日本の夏は上振れであると思われること。現在は、少なくとも温度上昇が止められないような状況ではなく、「温度上昇は止められる」という言葉に勇気づけられた。
この地球温暖化は人間活動によるものであることは間違いない。人間が起こしたものだから、人間の力で止めることもできるはず、それが江守さんの主張だ。私たちにできることを下記にまとめた。
1)自分にできる範囲で社会運動をする
・デモや署名だけではない、SNSでの発信や「いいね」でもOK
・周囲の人と気候変動について話してみる
・「日本の気候市民会議」など、みんなで議論する場への参加も
2)気候変動対策は必要だと理解し、賛成する気持ちを持つ
3)世界や日本の気候変動についてもっと知ろう
・「極端気象アトリビューションセンター(WAC)」や「日本の気候変動 2025」、「気候変動影響評価報告書」など、動向をウォッチする
・日経新聞を読むのもおすすめだそう。企業も温暖化対策について情報開示が必要になった。投資家視点で世界の動向をチェックしてみよう
江守さんからELEMINIST読者に向けてのメッセージをもって、締めくくりたい。
江守さん この夏の暑さをきっかけに、気候変動について心配する人が増えてきたという実感がありました。そのときに大事なことは、前向きにこの問題を考えること。気候変動対策をするとなったとき、日本人はどうしても我慢しなきゃいけない、という発想になりがちです。そうではなくて、実は脱炭素化するといろんないいことがある。
例えば、再生可能エネルギーが増えるので、そのぶん火力発電に使っていた化石燃料を買う必要がなくなって、日本の貿易収支は改善するし、エネルギー安全保障にもなります。地域で投資をして再エネを増やせば、地域分散型エネルギーの地産地消にもなり、地域でお金が循環します。断熱性のいい建物に住めば、快適だし、光熱費もやすくなってもとがとれる、など。
そんないい面にぜひ注目していただきたい。そして、社会をいい方向へアップデートする手段として、脱炭素という議論を使う人が増えることを願っています。
※10 国際連合広報センター|気候科学は再生可能エネルギーの次の原動力となるか?
※11 ロイター|中国のCO2排出量、上半期は1%減 太陽光発電急増で
※12 資源エネルギー庁|固定価格買取制度とは
※13 環境省|地球温暖化対策推進法
※14 経済産業省|GX(グリーン・トランスフォーメーション)
※15 資源エネルギー庁|エネルギー基本計画の概要
※16 広報東京都|2023年1月「太陽光発電設置義務化に関する新たな制度が始まります」
※17 農林水産省|営農型太陽光発電について
※18 資源エネルギー庁|知っておきたいエネルギーの基礎用語「CCUS」
※19 令和5年度 気象研究所研究成果発表会「大気中の微粒子(エアロゾル)が 地球の気候を変える」
※20 日本の気候市民会議
取材・執筆/村田理江 編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)
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