エシカルな旅は、旅人にできる自然への恩返し。−「Us 4 IRIOMOTE」

Us 4 IRIOMOTE

Photo by © Us 4 IRIOMOTE

沖縄県・西表島で過ごした2泊3日。それは、ただ観光地をめぐる旅ではなかった。この島には人の暮らしと自然が無理なく、ともにある風景が息づいている。マングローブの林の中を漕ぎ、海と森の境界に立ち、古くからの知恵を受け継ぐ人に出会う――そんな体験のなかで、“旅人として、何ができるだろう”と自問する時間が生まれた。KEEN JAPANがサポートする「Us 4 IRIOMOTE」は、小さな思いやりを重ねることで、自然や文化に寄り添う旅のかたちを模索してきた。その現場に、実際に足を踏み入れた。

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2025.07.11

「 Us 4 IRIOMOTE 」とは

Us 4 IRIOMOTE

Photo by © Us 4 IRIOMOTE

“旅人にできる、小さな恩返しとは何だろう”。そんな問いかけから始まったプロジェクト「Us 4 IRIOMOTE(アス・フォー・イリオモテ)」は、西表島の豊かな自然と文化を未来へとつなぐエシカルな旅を提唱している。2019年にアウトドア・フットウェアブランドKEEN(KEEN JAPAN)が発起人となりスタートした取り組みで、「Us(私たち)」一人ひとりの行動が、島の明日をつくるというメッセージが込められている。

「エシカルな旅」とは、旅先の環境や文化に敬意を払い、持続可能な方法で地域と関わる旅のあり方。たとえば、自然への影響が少ないアクティビティを選んだり、地元の文化を学んだり、現地の人々と交流したりすることもその一部だ。大きなことではなくても、使い捨てを減らしたり、環境にやさしい日焼け止めを使ったり、現地のお土産を選んだり。小さな選択の積み重ねが、旅先に“いい影響”を残す。

島の9割が亜熱帯の森に覆われる西表島には、実は「手つかずの自然」はほとんどなく、人と自然が共生する暮らしが営まれてきた場所でもある。観光客の増加が環境に与える影響が懸念される中、いまこそ“どう旅をするか”を考えることが求められているのだ。そのリアルな現場を、この旅で見つめた。

西表島で体験できるエシカルなアクティビティ

自然とつながり、人の営みに触れ、自分の中の“旅の軸”が少し変わる。そんな感覚をくれたのが、西表島で体験したエシカルなアクティビティだった。今回は、実際に参加した中で印象深かったものをいくつか紹介したい。

西表野生生物保護センターで、“知る”ことから始める旅

旅のはじまりに訪れたのは、西表野生生物保護センター。島の生物多様性や自然環境について学べる施設だ。展示のテーマは「豊かな自然が育むいのちの『つながり』と『にぎわい』」。西表島が世界自然遺産に登録された理由が、その圧倒的な生物多様性にあることが強調されていた。600種類以上の生き物が描かれた壁面には、水の循環や命のつながりが視覚的に表現されていて、一歩ごとに自然への理解が深まる。

当施設ではイリオモテヤマネコの保護活動についても詳しく紹介されており、交通事故対策やモニタリング調査の重要性が語られた。残念ながら、イリオモテヤマネコの死亡原因でもっとも多いのが交通事故だという。実際にドライブシミュレーションで“ヤマネコが飛び出してくる”体験をすると、それが自分にも関係することだと実感できた。旅のはじめにここを訪れて、本当によかった。

自然の声に耳をすませる、カヌー&トレッキング体験

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西表島の自然を体感するアクティビティのなかでも、代表的なのが「ピナイサーラの滝」をめざすカヌー&トレッキングだ。マングローブの川をカヌーで進み、森を歩き、島でもっとも落差のある滝を目指すこの行程は、観光客にも人気の定番だ。今回は、オハナアウトフィッターズのエコツアーガイド・國見祐二氏の案内で体験することができた。

本来は早朝出発の予定だったが、この日は天候により8時半に変更に。それでも國見氏は「自然が教えてくれる」と語り、鳥の鳴き声を合図に滝へ向かうことを決めたという。結果的に、静けさに包まれた川でのカヌーや、雨の森でしか見られない景色、いつもとは違うダイナミックな滝に出会うことができた。

「技術は手段。目的は自然に近づくこと」――そう話す國見氏のスタンスには、“人間の都合だけで動かない”という明確な価値観があり、急いで遠くへ行くよりも自然の豊かさを感じ取ることの方が大切だと教えてくれる。

また國見氏は、「僕らの大先輩の言葉を借りれば、“偶然”はないんです。全部必然ですから」と話してくれた。「今日こうなったことにも意味があって、あとから振り返れば、ああ、雨が降ったからこうだったんだねって思える」と。その言葉に触れたとき、筆者のなかでも何かが腑に落ちた。人間の都合だけで物事をコントロールしようとするのは、自然の営みに逆らうようなもの。思い通りにいかないことさえ、自然のリズムのなかにある必然なのだと、静かに教えられた気がした。

※ヒナイ川(ピナイサーラの滝)は竹富町が定める立入制限フィールド(特定自然観光資源)となっているため、事前に手続きを行って立入承認を受ける必要があります。立ち入る際には基本的に、町の認定を受けた登録引率ガイドの同行が必要です。

旅人にできる小さなアクション、ビーチクリーン

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砂浜に落ちていたプラスチックごみ。これ以上小さくなれば、もはや回収は不可能だろう。

Us 4 IRIOMOTEが行っている「530 ART PROJECT(ゴミゼロアートプロジェクト)」は、西表島の海岸に漂着するプラスチックごみを回収し、それを素材にアート作品をつくることで環境問題を可視化し、考えるきっかけをつくろうというプロジェクト。旅人も気軽に関われる取り組みのひとつだ。星砂海岸を訪れた際、筆者も10分だけ小さなプラスチックごみを拾ってみた。わずかな時間でも手のひらに収まりきらないほどのごみが集まったのは、正直ショックだった。

どんなに島の人たちが海洋ごみ問題に敏感になっても、海を通じてごみは流れ着いてしまう。小さければ小さいほど、生き物の口に入りやすく、見過ごせないリスクになる。今回はアート制作まではできなかったが、「YAMANEKO 530 ART」の回収ボックスに拾ったごみを入れてきた。自然の中で過ごさせてもらっているという感謝を忘れなければ、ささやかでも自分にできることをしたいという気持ちが生まれてくる。

エシカルな宿に泊まる —— 西表島ホテル

西表島ホテル

窓いっぱいに広がる風景に思わずうっとり。自然とつながるステイができる。

滞在先となったのは、星野リゾートが運営する「西表島ホテル by 星野リゾート」。西表島を代表する宿のひとつだが、ここはただのリゾートではない。世界自然遺産に登録された島にふさわしく「日本初のエコツーリズムリゾート」を目指し、徹底した環境配慮の取り組みが行われている。というのも、西表島ではプラスチックごみのリサイクルや排水処理が島全体の課題のひとつ。なかでも大型施設は環境への影響が避けられず、対策においてホテルの果たす役割は重要なのだ。

たとえば、ホテル全体でペットボトル飲料の販売をやめ、代わりに給水機とマイボトルのレンタルを導入。客室には使い捨てアメニティを置かず、スマートランドリーでは洗剤を使わずに衣類を洗えるしくみを採用している。

また、ホテルでは絶滅危惧種であるイリオモテヤマネコの保護活動にも積極的に取り組んでいる。地域と連携したロードキル(交通事故)防止対策や、イリオモテヤマネコについて学べるレクチャー、痕跡をたどるツアーなどを通じて、ゲスト一人ひとりが自然と向き合い、知識を持ち帰るきっかけを提供している。

さらに館内では、Us 4 IRIOMOTEのチャリティグッズや、地元クリエイターによる雑貨・食品も販売されており、旅の中で自然に地域とつながれる仕組みがあるのも印象的だった。

トゥドゥマリの浜の絶景や屋外プール、ネイチャーツアーなど、滞在自体が楽しく、心がほどけるような時間になる。環境への配慮と旅のワクワク感、そのどちらも叶えてくれるこの場所は、西表島における“エシカルトラベルのハブ”と呼ぶにふさわしい。

西表島ホテル

客室は全室海向きだ。

「エコに我慢は必要ない」。そう感じさせてくれる西表島ホテルは、これからの旅のあり方を軽やかに提示してくれる場所だった。

自然に寄り添う文化に触れる

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Photo by © Us 4 IRIOMOTE

チームごとに爬龍船を漕ぎ、速さを競う。

エシカルな旅のもうひとつの軸が、「地元の文化に触れること」。今回は幸運にも、年に一度の伝統行事「白浜海神祭」の日に旅程が重なり、実際にその光景を見ることができた。航海の安全と大漁を祈願して行われるこのお祭りは西表島の港で行われ、地域の人たちが勢いよく漕ぐ爬龍船(はりゅうせん)によるレース(ハーリー)」は圧巻だった。そこには“守るため”の文化が息づいていて、地域の誇りと祈りが強く感じられた。

Us 4 IRIOMOTE

Photo by ©Us 4 IRIOMOTE

地域住民の交流の場にもなっている。若い世代の姿も目立つ。

また今回は、Us 4 IRIOMOTE が制作したドキュメンタリー映画『春風夏雨』や『生生流転』に登場する紅露(くうる)工房を訪れる機会にも恵まれた。染織家・石垣昭子氏が主宰するこの工房では、自然素材を使い、島の暮らしに根ざした布づくりが行われている。現在は一般公開やワークショップは休止中で、観光地ではなく“仕事場”として営まれており、特別な配慮のもと訪問が実現した。

西表島の自然環境がこれほど豊かに保たれているのは、必要な分だけを使うという持続可能な暮らしの知恵が脈々と受け継がれてきたからだ。Us 4 IRIOMOTE の代表・松島由布子氏は、そうした人々の生活を記録するために映画を制作している。大量の観光客を受け入れることができない理由も、限られた自然環境との共存のなかにあるのだ。

「自然とともに生きてきた島の暮らしがあり、その背景にある歴史や文化にこそ、西表島の価値やパワーがある」と、松島氏は語る。映画のなかでその世界観を垣間見ることができるので、訪れる前にぜひ観てほしい。

エシカルな旅に、正解はない

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祖納(そない)浜からまるまぼんさん岩を望む。

旅先で出会った人や風景、そこで感じたことを、どう自分の暮らしに持ち帰るか――それこそが、エシカルな旅の本質だと松島氏は語っていた。ただ見に行くのではなく、そこから何を感じ、どう生きていくか。 とは、与えられるものではなく、自分で考えてつくっていくものなのかもしれない。

どこに行くか以上に、どう行くかが問われる時代。だからこそ、旅に出る前に、目的地の自然や文化、人の暮らしについて“知ろうとする”ことから始めてみてほしい。

取材協力/Us 4 IRIOMOTE、KEEN 取材・執筆/河辺さや香 編集/後藤未央(ELEMINIST 編集部)

※掲載している情報は、2025年7月11日時点のものです。

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