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日本で野生のシカの数が増加しており、生態系や農業においてさまざまな被害が生じている。そして、イギリスも日本と同じ問題を抱えている。だが先日発表された研究で、シカには森林の生態系にメリットをもたらす意外な役割がある可能性が示唆された。
Kojiro Nishida
編集者・ライター
イギリス、イースト・ミッドランズ地方在住。東京の出版社で雑誌編集に携わったのちフリーランスに。ガーデニングとバードウォッチングが趣味。
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野生のシカの増加によって、農作物が食い荒らされる、木の皮がはがされるといったニュースを耳にすることが多いのではないだろうか。シカの被害に悩まされているのは日本だけではないようだ。
イギリスでもシカの個体数は急増し、イングランドの森林には現在約200万頭が生息している。この数は過去1000年間で最多なのだという。
個体数増加の理由には、イギリスにはシカの天敵となるオオカミがいなくなったこと、そしてコロナ禍に狩猟が行われなかったこと、それと同時にベニソン(シカ肉)を提供するレストランが営業停止したことが考えられている。
日本ではどうだろうか。1978年度から2018年度までの40年間で、ニホンジカの分布域は約2.7倍に拡大。北海道を除く全国の推定個体数(中央値)は189万頭だった。2014年度の246万頭と比べると減少傾向にあるが、数十年前と比べると依然として多い。
増加の理由もイギリスと共通する部分があり、天敵となるオオカミが絶滅したことやハンターの減少・高齢化などが挙げられる。樹皮や植物であればほとんどのものを食べ、餌に不自由しないことも一因だ。
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シカが増加することで生じる問題は大きく2つある。1つ目は自然環境への被害だ。シカは主に植物を食べるが、樹皮を剥がして食べることもある。樹皮を失った樹木は枯れやすくなり、シカの増加に伴って森林全体が荒廃しやすくなる。
また、ほかの生物の餌となる植物を食べてしまうことで生態系にも影響がおよび、高山帯においては地表の植物が食べ尽くされ、斜面の崩壊なども懸念される。
2つ目は農林業への被害だ。シカが畑や田んぼに侵入し米や野菜を食べてしまうことによる食害が多い。単なる損失だけではなく、食害によって農家が意欲を失ってしまい、農業を続けることをあきらめてしまうケースもあるという。
イギリスでは、フランスやドイツ、北欧諸国のようにシカの肉を食べる文化は強く根付いてはいないが、食材としてのシカ肉に注目が集まっているという。近年、人々の環境意識の向上によって、需要が増加しているそうだ。
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シカの急増による被害ばかりが取り沙汰されるなかで、バンガー大学とレディング大学の研究チームがイギリスのウェールズ北部の渓谷に生息するダマジカ約350頭を対象に行った調査で、興味深い結果が発表された。
ダマジカはこれまで、主に草を食べていると考えられていたが、実際にはブラックベリーをメインで食べていたことが新たに判明したのだ。草が減る冬に関しては、食べたものの80%をブラックベリーが占めていたという。
ブラックベリーは繁殖力が高く、過度に繁茂すると、太陽光を遮り他の樹木や希少な花と植物の成長を妨げてしまうことが懸念される植物。ダマジカが採食することで、森林の植物の成長が促されている可能性が示唆されたわけだ。
一方で、ブラックベリーには全体に太く丈夫なトゲがあるため、過度に繁茂しない限りは森林の若木や植物をダマジカの食害から守るバリアとして機能する側面もある。ダマジカの食性を理解することで、森林保全のためにより的確な計画を策定することができるのではないか、と研究者たちは期待を抱いている。
シカの急増によるさまざまな被害が相次ぐなかで明らかになった、イギリスでの研究結果。単にシカの数を減らせばよいというのは一面的な見方に過ぎないのかもしれない。生態系のバランスを維持するためのヒントは、ある生物とそれに関連する生物のことをより深く知ることにありそうだ。
※参考
いま、獲らなければならない理由|環境省
ニホンジカ被害の現状を知ろう|小諸市
Too many wild deer are roaming England’s forests. Can promoting venison to consumers help?|The Associated Press
Deer poo analysis uncovers surprising role in woodland conservation efforts|Phys.org
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