インクルーシブデザインとは、これまでの製品・サービスのユーザーとして排除(Exclude)されていた人々を、企画・開発の初期段階から巻き込んで(Include)、一緒に考えていくデザインの方法である。よく比較されるユニバーサルデザインとの違いや、実例などを紹介する。
ELEMINIST Editor
エレミニスト編集部
日本をはじめ、世界中から厳選された最新のサステナブルな情報をエレミニスト独自の目線からお届けします。エシカル&ミニマルな暮らしと消費、サステナブルな生き方をガイドします。
知識をもって体験することで地球を変える|ELEMINIST Followersのビーチクリーンレポート
Photo by You X Ventures on Unsplash
インクルーシブは、「除外(Exclude)」の対義語である「Include(含める)」が語源である。高齢者や障害者、外国人は、これまで製品のデザインプロセスの中で軽視されがちだった。
「インクルーシブデザイン」とは、そうした従来の製品・サービスの対象から排除されてきた人々を、デザインの上流から巻き込んでいく手法を指す。
彼らは「リードユーザー」、つまり未来へと導いてくれる人と呼ばれ、プロダクトやサービスのデザインだけでなく、施設、ウェブ、ビジネスプロセスのデザインなど広い範囲での活用が進んでいる。
インクルーシブデザインの対象となるのは、これまで排除されてきた人や社会。障害や高齢であることに限らず、経済的に貧しい人、生活に難のある地域に住む人、インターネットを利用できない人なども当てはまる。
「海外に行ったとき、英語でコミュニケーションできない」ことも社会的な障害と言えるのだ。
インクルーシブデザインを提唱したのは、イギリス・ロンドンにあるロイヤル・カレッジ・オブ・アート(英国王立芸術大学院)のロジャー・コールマン教授。
彼は、友人である車椅子の女性から自宅キッチンのデザインを依頼され、車椅子でも使いやすい機能的なキッチンを考えた。しかしその女性が言ったのは、「他の人がうらやむようなキッチンをデザインして」という希望。
ハンディを考慮すると機能性のみ追求しがちだ。しかしコールマン教授は、「本当は何を望んでいるのか」を障害者と同じ目線で考える大切さに気づいた。深いニーズや価値観を掘り起こして解決することが、インクルーシブ・デザインの本質である。
障害者に目を向けたデザインというと、「ユニバーサルデザイン」を思い浮かべる人も多いだろう。インクルーシブデザイン とユニバーサルデザインの目標は同じだ。しかし、アプローチが大きく異なる。
インクルーシブデザインはワークショップやアンケート調査を行い、リードユーザーをデザインプロセスに巻き込んで一緒につくり上げていくのが特徴。
また、ユニバーサルデザインは7つの原則に沿って障害者にも使いやすいデザインが考えられているが、ターゲットの中心にいるのはあくまでも健常者だ。
対してインクルーシブデザインは、これまで排除されてきたユーザーの課題を解決するデザインのため、必ずしも万人向けのデザインにはならないこともある。
一方で、健常者が気づかないような潜在ニーズを発見し、多くの人々に訴求するデザインを実現する可能性も秘めている。
Photo by Paul Hanaoka on Unsplash
インクルーシブデザインは、プロダクトやサービスだけでなく、道順を示すサイングラフィック、空間などさまざまなデザインに活かされている。すでに開発された事例を紹介する。
2020年6月10日、バンドエイドは多様な肌の色に対応した絆創膏を発表。これまでは形やサイズ、柄などの種類があったが、黒人の肌に近い色合いなど、さまざまな人種の消費者に対応するカラーバリエーションをそろえた。さらに、公式のインスタグラムでは「We hear you. We see you. We’re listening to you.」という言葉を添えて、消費者のことを親身に考えていくブランドメッセージを発信。「Black Lives Matter運動」へ寄付する姿勢も示された。
アメリカの航空会社Jet Blueは、母の日のサプライズとして、フライト中に赤ちゃんが一度泣くと次回のフライトが25%OFFになるというキャンペーンを実施した。4回泣き声をあげると、なんと次回のフライトは無料!赤ちゃんが泣くことで周りの乗客に迷惑をかけてしまうのでは、という母親の不安と後ろめたさを解消し、乗客全員が笑顔になれたキャンペーンとして話題を集めた。
スマートフォンの普及を推し進めたiPhoneは、視覚障害者も操作しやすいよう、登場初期から音声読み上げのスクリーンリーダーが用意されていた。また、音の大きさやディスプレイの色味など、詳細に設定をカスタマイズできることも、多様な持ち主の使いやすさを配慮したもの。こうした形式になるまで、何度もリードユーザーとディスカッションを重ねたそう。
シチズン時計は、視覚障害者に対応する腕時計を2020年3月19日に販売開始した。同社は「市民に愛され、市民に貢献する」という企業理念のもと、1960年に国産で初めて視覚障害者対応の腕時計を発売しており、SDGsなど社会課題の解決に寄与するため、インクルーシブデザインの考え方を取り入れた新製品を企画。
タイのロッブリー県にあるロッブリー複合視覚障害者学校の在校生や教職員の声を聞き、実用性やデザインの向上が図られた。また、本製品100本をタイの盲学校へ寄贈している。
「こども+くすり+デザイン」は、子どもが飲みやすい薬をつくることで、親子それぞれの身体的・精神的な負担を軽減し、子育てしやすい環境をつくるプロジェクト。まず「課題を可視化」し、社会への問題提起としてブックレットがつくられた。第2弾として「けんこうキッズ」というお薬手帳も配布されている。
「横浜市民ギャラリーあざみ野」をベースに、2009年から本格的にスタートしたプロジェクト。「こんな美術館あったらいいな!」というテーマで、美術館利用にあたり課題を抱えるリードユーザーと市民が参加するワークショップが行われ、誰にとっても使い勝手のいい美術館とは何か考えられた。
そこで得た1300を超える気づきとデザイン提案をもとに、解決案としてまとめられたデザインノートをリリース。プロジェクトの成果として公開することで、全国に多様性を受け入れる美術館を広めようとしている。
Photo by Stefano Intintoli on Unsplash
インクルーシブデザインはユニバーサルデザインのように具体的な基準はなく、正解があるわけではない。しかし、多様な課題を抱える人々をデザインプロセスに巻き込むことで、さまざまな価値観やニーズを知ることができるだけでなく、デザインする側もバイアスを持っていたことに気づかされる。
問題や違いについて排他的に考えるのではなく、あらゆる人々が社会参加できる仕組みを考えていきたい。インクルーシブデザインは、そのためのツールとも言える。
ELEMINIST Recommends