現代の生活においてインターネットは、水道や電気と同じくらい欠かせないインフラだ。最近ではパソコンや携帯電話だけでなく、家電や車などとつなぐことによって、ますます便利になっている。日本の産業もこの技術を活用することで変化してきており、たとえば“スマート漁業”もそのひとつだ。今回は、IoT技術を活用して一次産業を支援するKDDI株式会社(以下 KDDI)の取り組みについて取材した。“スマート漁業”の仕組みや漁業に携わる方々との対話とともに紹介する。
ELEMINIST Editor
エレミニスト編集部
日本をはじめ、世界中から厳選された最新のサステナブルな情報をエレミニスト独自の目線からお届けします。エシカル&ミニマルな暮らしと消費、サステナブルな生き方をガイドします。
舞鶴市は若狭湾の支湾・舞鶴湾に面するリアス海岸の港街。豊かな海産物で知られ、一次産業が盛んな土地だ。
一次産業は日本にとって重要な産業の一つだ。しかし、従事者の高齢化や新規の担い手不足、さらには資源の枯渇や生態系の変化などによって、全国的に厳しい状況に置かれている。今回取材で訪れた京都府舞鶴市でも同じような課題に直面していたが、2023年夏から始まった“スマート漁業”の施策によって、少しずつ明るい未来が望めるようになってきた。それは一体なぜ、どのように行われているのだろうか。
舞鶴市とKDDIは、2018年12月に地域活性化を目的とした連携協定を締結しており、これまで“スマート防災”や“スマート農業”の分野で連携してきた。2023年7月からは、京都府漁業協同組合 舞鶴とり貝組合(以下 舞鶴とり貝組合)とKDDIアジャイル開発センター株式会社(以下 KAG)とともに、水産資源の安定供給および養殖環境構築のマニュアル化を目指し、「丹後とり貝」のスマート漁業事業の実証を開始した。
まずは、舞鶴市職員、KDDIとKAG社員、そして生産者(舞鶴とり貝組合)の対話をお届けしよう。
写真左から、舞鶴市 農林水産振興課長 中井哲也氏、土木課長 尾橋英憲氏、建設部 次長 東山直氏/舞鶴とり貝組合 代表 川﨑芳彦氏、長谷正和氏/KDDI 地域共創室長 齋藤匠氏/KDDIアジャイル開発センター 舞鶴サテライトオフィス長 勝手壮馬氏。
舞鶴市・中井氏:一次産業に関する高齢化や担い手不足の問題は、舞鶴市でも同じように抱えています。また、自然災害の影響を受けやすいというのも課題ですね。漁業の定置網が壊れたり、農業だとハウスが潰れたりすることもあるので、全体的にスマート化が遅れていたんです。だから、KDDIさんの協力は本当に助かっています。
KDDI・齋藤氏:東京で働いていると、生産現場でどのような事が行われているのか、細かく知りえませんでした。連携協定を締結したことにより、舞鶴市さんが抱えている課題を聞かせていただく機会に恵まれ、その結果「丹後とり貝」の“スマート漁業”に取り組むことになりました。とくに「丹後とり貝」は舞鶴市の名産品ということもあり、住民の方の想いが強く………。直接いろんなお話を聞いているうちに“私たちも何かできることはないだろうか”と心を動かされました。
舞鶴とり貝組合・川﨑氏:「丹後とり貝」の養殖に関して言うとね、毎年、海の状態によって出来が全然違うんです。水温が高いか低いか、水中にとり貝の餌があるかないか。いままでは自分らの経験と勘だけでやっとったが、KDDIのIoTセンサーを利用することで海洋環境が見える化され、水深ごとの環境情報や生育状況を分析することができる。データとして状況がわかることで私らは安心できるんですよ。海の状態が良いとわかると、とり貝の成長も見込める。そうすると期待が持てるわけです。
舞鶴市・中井氏:これまでは漁師のみなさんの長年の経験と勘に頼って工夫してやっておられたんですよね。経験の浅い方だとなおさら、数値が“見える化”すると安心するでしょうね。
舞鶴とり貝組合・長谷氏:そうですね。「丹後とり貝」って1年かけて育成するんで、年に1回しかとれない、つまり年に1回しか収入がないんです。極端に言うと、失敗したらその年の収入が0ってこと。むしろ経費がかかるからマイナスだよね。若い子らは貯蓄も少ないだろうから、次の年まで生活できなくなりますよね。海水の状態は日によっても時間帯によっても違うし、水深によっても違うんで、IoTセンサーでその時の一番いい状態がわかったら、もっと大きくてええもんができたりするかな、と思う。自然相手なんで、どうしても出来が悪い年もあると思うけど、悪くてもそれを最小限に抑えられたらいいですよね。
舞鶴とり貝組合・川﨑氏:例えば、1月はどのへんの水深がいいか、2月はどのへんかって、最適な養殖環境の情報を私らに提供してもらえたら、生産性が上がるのかな。KDDIさんには、そういう分析をぜひお願いしたいですね(笑)。
KDDI・齋藤氏:はい、ある程度データを収集して傾向が見えてくれば、予測ができてくると思うんです。KAGでは定期的にデータを収集し、水深ごとの環境情報や生育状況を分析するアプリケーションを開発しています。
舞鶴とり貝組合・川﨑氏:それ、一回勉強会を開いてもろうたらありがたいです。こういう(デジタル機器)の専門じゃないから、ちょっと聞いただけじゃわからんようになってしまって(笑)。若い生産者たちにも見方を教えてあげてください。
KAG・勝手氏:はい! 開発して“はいどうぞ”って一方的に投げつけるのではなく、意見をお聞きしながら、もっといいものにするにはどうしたらいいかを一緒に考えていきたいですね。
舞鶴とり貝組合の代表・川﨑氏に、データの見方を説明する勝手氏。勝手氏は「丹後とり貝」のスマート漁業事業の実証のために舞鶴市に移住した。
時間帯や水深ごとの海水の状況がデータ化され、タブレットに映し出される。直感的に理解できるよう色分けしてグラフ化している。
舞鶴湾で養殖される「丹後とり貝」は、殻の長さが約10cm、1個100g以上という大きさが特徴だ。なかにはうま味が凝縮された厚みのある身が詰まっており、少し加熱してお造りや寿司などで提供される。
また、「丹後とり貝」は舞鶴のブランドさかなとして「京のブランド産品」([公社]京のふるさと産品協会)にも認証されている。柔らかく歯ごたえのあるおいしさを求めて、毎年初夏の出荷時期を多くの人が待ち望む。
「丹後とり貝」の養殖用の筏は、漁港からボートで15分ほどの位置にある。現在舞鶴とり貝組合が所有する筏の数は約120、組合員数は28人。
「丹後とり貝」は稚貝を入れたコンテナを海中に吊るして養殖される。舞鶴市産業振興部の原田直明氏によると、この地にはとり貝が大きく育つのに必要な条件が揃っているのだという。舞鶴湾を囲んでいる山々は植林がされておらず、広葉樹がそのまま残っている。その落ち葉を伝って山肌に染み込んだ雨水が海に流れてミネラル分の多い海水となり、「丹後とり貝」が育つための好条件になるのだ。通常は毎年7月ごろに「丹後とり貝」の稚貝を買い付けて、翌年の5月〜7月に売り出すまで、約1年間丹精込めて育てられる。
しかし、地の利による好条件が揃っているとは言え、海洋環境の変化によって出荷量が安定しないことがネックだった。「丹後とり貝」を育てる好適条件は水深4m〜7mとされているが、養殖技術が開発された頃に比べると水質も変わっている。また、水温が上がる夏場は突然死するケースも多い。
そこで稚貝の入ったコンテナを、水深3m、6m、9m、11mの4箇所に沈め、海中に設置した昇降機付きのIoTセンサーで、水深ごとの海水状況を1時間ごとに収集することになったのだ。
筏の上に取り付けられた昇降機付きのIoTセンサー。1時間ごとに自動で昇降し、水温、溶存酸素、塩分、クロロフィルなどの情報を収集してクラウド上に保存される。
水中からとり貝が棲むコンテナを引き上げる長谷氏(左)と、その様子を見守る勝手氏(右)。コンテナの重さは40kgにもおよぶ力仕事だ。
引き上げたコンテナのなかには、とり貝だけではなく、とり貝の布団の役目を果たすアンスラサイト(※)が入っている。左はKDDIの齋藤氏。
海水状況のデータ収集と並行して、とり貝の成長を水深ごとに測定し、傾向をつかむ。
とり貝のサイズを測りタブレットに音声入力する勝手氏(左)と、舞鶴市の尾橋氏(右)。「筏は揺れるんで、ずっと下を向いていると大変ですよ(笑)」(尾橋氏)。
生産者と企業、行政が、それぞれの持ち味を活かしながら検証を進めている。終始笑顔が耐えない場だったのが印象的だ。
前述の通り、KDDIは今回の“スマート漁業”だけでなく、これまで“スマート防災”や“スマート農業”の分野でも舞鶴市に協力してきた。果たして通信技術は産業や人々の暮らしにどのように貢献してきたのだろうか。再び三者の対話の様子をお届けしよう。
舞鶴とり貝組合・川﨑氏:育てるもんは、本当は近くにあったほうがいいんですよ。見えるところに筏があるのが理想なんですけどね。限られた場所で、なかなかそうもいかなくてね。
KDDI・齋藤氏:そこはやっぱり通信の力が必要になってくると思います。遠隔で何かができるようになったらやりやすいですよね。
舞鶴とり貝組合・長谷氏:そうそう、カメラで見られるようになるだけでも、全然違いますね。
舞鶴市・中井さん:「丹後とり貝」は筏の数も生産量も限られていますから、あとはいかに安定して育つかというところですよね。漁師さんがデータをしっかり活用していただいて、漁業収入が拡大するのが願いです。
舞鶴とり貝組合・長谷氏:そうですね。それといままでは、何か問題があったあとで原因を調べとったんですよ。でも、昨日あったことを今日調べてもわからないですよね。どうしていいかもわからんですし。でもこういう技術があれば、1時間おきの海水データとか、すごく細かく調べられるから、助かりますね。
舞鶴とり貝組合・川﨑氏:それにね、舞鶴で育成しとるのは、とり貝だけじゃないしね。今後はアサリとか岩牡蠣とか、すべてのものにおいて、この技術を活用して分析できるようになると思いますよ。
舞鶴市・東山氏:漁業以外の例だと、京野菜「万願寺甘とう」でIoT技術を活用していますが、生産者からは、「得られたデータを見ながら、みんなで議論して具体的な栽培環境の数値目標が見えてきた」と評価をいただいています。
また、防災やインフラ監視でもIoT技術のおかげでとても助かっています。自動撮影カメラのおかげで、職員が毎日出向いて重要橋梁の損傷部の状態や浸水状況や積雪状況、害獣対策などを確認しなくても、遠隔監視が可能になりました。自然が相手なのでなかなかうまくいかないこともあるんですが、引き続きいろいろチャレンジしていきたいですね。
舞鶴市・尾橋氏:IoT活用っていうと、機械任せというイメージがありますが、KDDIさんは実際に東京から何度も足を運んで生産者の生の声を聞いてくれるので、本当にありがたいと思っています。私はデジタルとアナログの併用がベストだと考えているんです。そんなわけで、私たちはアナログ部門のパートナーとして(笑)、同じ土俵でチャレンジしていきたいですね。
舞鶴とり貝組合・長谷氏:わしらもアナログ部門ね(笑)
KDDI・齋藤氏:これからも一緒にチャレンジしていきましょう!
最後に、今後KDDIが目指す方向性や、さらなる進化に向けた取り組みについて、KDDIの齋藤氏と、KAGの勝手氏はこのように語ってくれた。
KDDI・齋藤氏:いまの段階だと、何らかの理由でIoTセンサーのデータが上がってこないことがあるんです。万一止まってしまった場合を考えて、リアルタイムに対応できるような環境をつくりたいと思っています。あとは、とり貝の成長を途中で計測する作業は、漁師のみなさんが通常やっていないことなんです。そこをどう効率化して現場に実装していくかを考えていきたいですね。
KAG・勝手氏:私の方では今後、収集したデータを使って予測や分析を始める予定です。何をどう関連付けるのかは、その人のアイディアやひらめきによるところも大きいと思っています。何をすれば操作できる範囲で効果的なデータの組み合わせをつくっていけるのか。このことを十分に考えていきたいですね。
KDDI・齋藤氏:少々個人的な考えも入ってしまうのですが…日本は国際競争力も食料自給率もどんどん低くなっていく中、世界の人口は増加しており、やがて輸入して食べることさえ難しくなる時代が来るのではないかと思っているんです。そうならないように一次産業をより魅力ある産業にできれば、日本の食料自給率を上げられるのではと考えています。そこにIoTやデジタルの技術をうまく使っていきたいですね。
立場の違う三者の対話とそれぞれの意見、いかがだっただろうか。通信技術は、人と人とのコミュニケーションだけでなく、自然からのメッセージを我々に伝えてくれる重要なツールだと言えるだろう。今一度、通信のつなぐチカラについて考えるきっかけにしてほしい。
※石炭の一種で、石炭のうちもっとも炭化度の進んだ良質な無煙炭を粉砕、砂粒状にしたもの
撮影/岡田ナツコ 取材・執筆/河辺さや香 編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)
ELEMINIST Recommends