オーガニック先進国ドイツのなかでも一歩先をいく有機農業「アグロフォレストリー」を取り入れ、プライベートファームを運営する「ミヒェル・ベルガーホテル(Michelberger hotel)」。高品質な多年生植物を育てながら、地球と人間に健康をもたらす農業のあり方を推進する。
宮沢香奈(Kana Miyazawa)
フリーランスライター/コラムニスト/PR
長野県生まれ。文化服装学院卒業。 セレクトショップのプレス、ブランドディレクターを経たのち、フリーランスでPR事業をスタートし、ファッションと音楽の二本を柱に独自のスタイルで実績を積…
知識をもって体験することで地球を変える|ELEMINIST Followersのビーチクリーンレポート
東ベルリンのヴァルシャウアー・シュトラーセ駅周辺は、多くのローカルクラブやバーがひしめく観光スポットとして知られている。そんな駅の目の前にあるのが、ベルリン有数の3つ星ホテル「ミヒェル・ベルガーホテル(Michelberger hotel)」だ。
2009年5月にオープンしたこのホテルは、各客室の内装が一つひとつ異なり、歴史的情緒とモダンさを兼ねそなえたスタイリッシュなホテルとして人気を博す。なかでも、宿泊者以外も利用可能なレストランは、地元の人々の憩いの場となっている。
「ミヒェル・ベルガーホテル」のレストラン
エントランスにホテルのロビーが併設され、その奥にレストランとバースペース、さらに奥に進むと中庭に通じている。中庭はオープンテラススペースになっていて、自然に囲まれた開放的で心地いい空間が広がっている。
すべてのメニューにオーガニック食材が使われ、ベジタリアンやヴィーガンの菜食主義者向けメニューも豊富に取り揃えている。オーガニック先進国であるドイツにおいて、このようなスタイルのレストランは珍しくない。
「ミヒェル・ベルガーホテル」では、ブランデンブルク州に自家農場(プライベートファーム)を所持し、そこで採取した新鮮な野菜やフルーツを提供するという一歩踏み込んだこだわりを持つ。
「ミヒェル・ベルガー・ファーム(Michelberger Farm)」と名付けられたこの農場は、ベルリンから電車で1時間ほどのシュプレーバルト区にある。ピクルス用のきゅうりの生産地として有名な地域で、放牧された牛やコウノトリも飛び交う豊富な自然に囲まれている。その一角に約1ヘクタール(10,000㎡)という圧巻の広さを誇る農地を構えている。
ジュリアン・ツートさん(左)とデニス・メイさん(右)
2019年3月にスタートしたばかりのまだ新しい農場は、ジュリアン・ツートさんとデニス・メイさんのドイツ人2人が中心となって運営している。従来の有機農法を踏襲し、化学肥料や農薬、遺伝子組み換え技術などは一切使わない。単一の農作物を生産する「モノカルチャー」ではなく、「アグロフォレストリー」と呼ばれる農法を取り入れている。
アグロフォレストリーとは「アグロ」=農業(agriculture)と「フォレストリー」=林業(forestry)をかけ合わせた言葉で、もともとは荒廃した熱帯雨林や森林を再生させるために発案された。林業と農業、時に畜産などを組み合わせて、その土地の特性を最大限に活かしながら、その場所で長年暮らせるようにすることを目的としている。
ミヒェル・ベルガー・ファームは、アグロフォレストリーの第一人者でスイス人の農家兼研究家エルンスト・ゴーシュ(Ernst Götsch)の「Syntrophic Agriculture」と呼ばれる農業技術に感銘を受けた。ゴーシュさんがブラジルのジャングルに築き上げた農場「Olhos D’Agua(オリョス・デ・アグア)*」を基本モデルとしている。
*英語で「Tears in the Eyes」、日本語で「水の目」の意。枯れていた森林に池や川の水が戻ってきたという理由から名前が付けられた。
ゴーシュさんは、50年間に渡る研究により、1年間で500ヘクタール以上の荒れ地にココア、バナナ、その他の植物を植えた。これにより生態系を回復させ、土壌の肥沃度を再構築し、高品質の作物を生み出すことに成功した。
そんなゴーシュさんのもとで経験を積んだスタッフが運営する「The Forest Farmers」の協力のもと、ミヒェル・ベルガー・ファームは、ドイツにおけるジャングルづくりに挑戦しているのだ。
木々は2019年の11月に植えられたばかりで多数が成長途中
周りには自然にワイルドハーブが生えてくる
樹木混植を基本とするアグロフォレストリー農法は、例えばいちごの苗を植えたすぐ近くにフェンネルやセージなどのハーブを植え、さらにりんごなどの果物の木を植える。種類も高さも収穫時期も違う果物や野菜やハーブを同じ場所に植えることによって、土の中でお互いの栄養を分け合い、助け合って成長していく仕組みができあがるのだ。
りんごの木は成長していく過程で、いちごやほかの背の低い野菜や果物の影となり、直射日光を避ける役割となる。土壌をカバーするため湿気を保ちながら温度を下げることへつながっていく。
互い違いの高さの多年生植物たちが混ざって育つ様子
しかし、土の健康状態が良くなければ成功しないため、土づくりがもっとも大切なプロセスとなる。馬糞、腐葉土、牛糞などを混ぜ合わせ、微生物の力で分解・発酵させてつくるバイオマスのコンポスト(堆肥)をつくり、オープンソイル(乾いた土)にすき込ませ、上からウッドチップでカバーする。
バイオマスとは、石油などの化石燃料を除く、動植物から生まれた再利用可能な有機性の資源のこと。土の中の微生物を増やし、それらが活発に働くことにより、土がフカフカと柔らかくなり、水や肥料の吸収をよくさせるために非常に重要な作業である。
コンポストと同じく重要な役割を果たしているウッドチップは、下層にある土の乾燥を防ぐ役割を果たす
このように同ファームは、年中食べられるよう20種類ものりんごの木、梨、桃などのヨーロッパで育つフルーツの木を800本植えている。それ以外にも、いちご、ブラックベリー、キウイ、ミョウガ、菊芋、レモンバーム、セージ、マッシュルームなどの多年生植物が育つ。
木陰の冷んやりした場所にはマッシュルームを植えている。ハンモックも吊るし、憩いの場になっている。
ミヒェル・ベルガー・ファームの運営者ジュリアンさんがローカルフードや地元農家との仕事に興味を持ったのは、シェフとして働いていた20歳ぐらいの頃。
「祖父母の家に大きな庭があって、昔から自然と触れ合う環境にありました。僕はもともとミヒェル・ベルガーでシェフとして働いていたんですが、一度離れてロンドンにいたんです。
ベルリンに戻った時にプライベートファームの話が出て、農家を目指したいと思い、そこから、以前から興味のあったサステナブルな思想やライフスタイルにも本格的に取り組むようになりました。そして農家でもあるドイツ人シェフや祖父母やいろんな人の農法を知っていくなかで、ゴーシュさんのアグロフォレストリーに辿り着きました。
ミヒェル・ベルガー・ファームは10年かけて成長させていきたいと思っています。来年には酪農も始めたいと思っているし、空いているスペースにはイベントスペースや大人数で食事をしたり、人が集まれる憩いの場もつくりたいです」
無農薬で安全で新鮮な食材を届けるだけでなく、ジュリアンさんはもっと広い視野で農業について考えている。
「都会に住む現代人の多くはストレスを抱えている人が非常に多いと思います。とくに僕たちの身近な存在であるシェフは、本当に多忙でストレスが溜まりやすいうえに、腰痛を患ってる人が多いんです。
そういう人たちがこの農場にやってきて、一日自然と土に触れることによって、身も心も開放されて元気になってほしいんですよね。ここへ来て僕らと一緒に農業を体験すれば、ジムへ通う必要もないぐらい健康になれるんです」
実際にミヒェル・ベルガーホテルでは、ロックダウン中に自宅待機となったスタッフや家族が農場のボランティアに参加するシステムを導入し、毎日5、6人がジュリアンさんたちの手伝いをしている。このシステムによって、レストランから農場勤務を希望するスタッフが現れた。
ジュリアンさんとデニスさんの2人だけだった農場に、いまでは元キッチンスタッフだったアレックス・ナシルさん、日本人スタッフの佐賀井優香さんが新しく加わり働いている。コロナ時代の働き方はこういった形で変化しているのだ。
ボランティアスタッフには若い女性が多いのも驚き
暑い日にはビキニで作業する姿も
ジュリアンさんとデニスさんが暮らす農場の敷地内にある自宅
土農具や資材を置くための倉庫
将来的には、ゲストを招いて農業体験のワークショップやイベント、ヨガリトリートを行ったり、子どもたちに農業を教えたいと夢の続きを語るジュリアンさん。
大自然に囲まれた農場は、成長していく野菜やフルーツとともに季節ごとに変わる景色を見たり、夏の夜空は最高にロマンチックなシチュエーションになる。ここは都会で忙しく暮らす私たちがふだん忘れてしまっている自然のありがたみを思い出させてくれるだろう。
ミヒェル・ベルガー・ファーム(Michelberger Farm)
https://www.michelbergerhotel.com/
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