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カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーに次いで、世界の潮流となっているネイチャーポジティブ。本記事では、ネイチャーポジティブの意味や目的、広がった背景に触れながら、経済への影響や、関係している環境問題、企業の取り組み事例を紹介する。
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ネイチャーポジティブとは、生物多様性の損失を食い止め、回復させることを意味する言葉である。
生物多様性とは、地球上にいるすべての生き物たちが支え合ってバランスを保っている状態のこと。環境省では生物多様性を、「生きものたちの豊かな個性とつながりのこと」と表現している(※1)。
食事はもちろん、医療や産業など、人類の毎日の生活は、自然の恵みがなければ成り立たない。しかしいま、この生物多様性が減少し続けていることで、生活や経済、地球の未来に危機が迫っているのだ。
そこでネイチャーポジティブでは、2020年を基準として、2030年までにこの生物多様性を回復の軌道にのせ、2050年までに自然と共存する世界の実現を目指している。
2023年6月に閣議決定された2023年版の環境白書では、「ネットゼロ、循環経済、ネイチャーポジティブ経済の統合的な実現に向けて~環境・経済・社会の統合的向上~」をテーマに掲げ、環境白書では初めてネイチャーポジティブの考え方が提唱された(※2)。
ここでは相互に関連している気候変動問題や生物多様性の損失に対し、一緒に取り組みを進めることで、危機的な状況の回避を目指し、環境・経済・社会の統合的向上につなげることを目標としている。
また、福岡県久山町や新潟県佐渡市のように、ネイチャーポジティブ宣言をする自治体も出てきており、日本国内にも少しずつネイチャーポジティブの考え方が広まっている。そして今後もこうした自治体が増えるとともに、さまざまな企業がネイチャーポジティブに取り組んでいくことが予想される。
生物多様性に関する問題については以前から注目されていたが、“ネイチャーポジティブ”という考え方や言葉が生まれたきっかけは、2020年の国連生物多様性サミットにさかのぼる。そこで発足した「リーダーによる自然への誓約」で、「2030年までに生物多様性を回復の道に導く」と示されたのだ。
その後「2030年自然協約」にて、“ネイチャーポジティブ”という名称が正式に採用され、現在では、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーに次いだ世界の潮流となるまでに広がっている。
ネイチャーポジティブは、さまざまな環境問題と密接に関わっている。ここでは主な3つの問題の現状について紹介しよう。
ネイチャーポジティブを語るうえで切っても切り離せないのが、生物多様性の減少である。
公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)が発表している、「Living Planet Report 2022」によると、1970年から2018年の間、野生生物の個体群は相対的に平均69%減少しているという(※3)。
この主な原因は、開発や乱獲による種の減少・絶滅のほか、生息・生育地の減少、外来種の持ち込みによる生態系のかく乱、地球環境の変化などがあげられる。これらの影響を受けて、日本だけでも現在野生動植物の約3割が現在絶滅の危機に瀕しているのだ(※4)。
これらの問題に対し、前述したように日本政府もネイチャーポジティブを提唱するなど、2030年の回復を目指し取り組みを進めている。
森林には、生物多様性保全や地球環境保全、土砂災害防止・土壌保全、水源涵養(すいげんかんよう)、快適環境形成機能など多面的機能があり、人間の生活だけでなく多くの動植物を支えている。
しかし、人口の急増やそれにともなう木材利用や農地開墾、異常気象、干ばつ、違法伐採などによって、世界の森林は減少を続けている。この森林破壊や砂漠化が進行し続けると、今後25年のあいだに熱帯雨林に生息する生物が最大8%絶滅するといわれているのだ。そのほか森林が有する二酸化炭素吸収機能も減少し、地球温暖化の加速も危惧される。
環境省では、森林破壊の原因となっている違法伐採への取り組みや、グリーンウッド法の施行、途上国への森林技術貢献などをおこなっている(※5)。
過度の温室効果ガス(二酸化炭素、メタン、フロンガスなど)の排出によって、地球の平均気温が長期的に上昇する地球温暖化問題。対策をしなければ2100年までに平均気温が5℃も上昇し、さらなる異常気象の発生や生態系の破壊が進むと危惧されている。
パリ協定で掲げられた、「世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べて2度より十分低く保ち、1.5度以内に抑える努力をする」という世界共通の長期目標の達成に向けて、現在世界レベルで温室効果ガス排出量の削減への取り組みがおこなわれている。
ネイチャーポジティブに取り組むことは、生物多様性の保護につながる。そしてそれは、SDGsで掲げている目標14 「海の豊かさを守ろう」、 目標15「陸の豊かさも守ろう」にもつながり、SDGsの目標達成のためにも非常に重要であるといえるだろう。
そのほか、生物多様性の損失によって約44兆ドル(世界のGDPの半分)が崩壊の危機にあるともいわれいるほど、経済も自然資本に大きく依存している(※6)。経済におけるネイチャーポジティブの重要性も無視できない。
生物多様性の損失が経済にとっても重大なリスクであることがわかったところで、ここからは、さまざまな業界で企業がおこなっているネイチャーポジティブな取り組み事例を紹介する。
アパレル業界では、原料の調達や製造、廃棄などライフサイクル全体で、生物多様性にさまざまな影響を与えていると考えられる。
例えば、コットンを生産するために広大な農場が開拓され、栽培過程では大量の水や農薬が使用されることもある。そのほかウールやカシミヤの生産では、過放牧により、草原などの植生が消失する可能性も危惧されている。
そんな中、ネイチャーポジティブな取り組みとしておこなわれていることのひとつが、リサイクル素材の利用だ。例えば、ウールやカシミヤなどの天然素材は、糸の状態まで戻し、再度編み上げるリサイクル繊維を使用。そのほか、ペットボトルや不要になった服からつくられるリサイクルポリエステルを使用し、新たな製品を生み出す企業も出てきている。
食品業界が生物多様性へ与える大きな影響の一つが、食品ロス。食品を焼却処理する際に排出されるCO2が、地球温暖化の要因となる温室効果を助長するほか、本来食べられるはずだった食品が捨てられ、食料資源が無駄になってしまう。
そのような食品ロスを減らすべく、余剰食品と利用者をマッチングするサービスをおこなっている企業も増えてきている。アプリを利用するものや、賞味期限の迫った商品を自動販売機などで販売するものなどがあり、今後さらに広まっていくだろう。
ネイチャーポジティブを達成する上で、政府や企業の取り組みはもちろん重要だが、生活者がネイチャーポジティブな行動を取れるよう促すことも大切な取り組みである。
身近なところだと、詰め替え用家庭用品を販売・普及もそれにあたる。そのほか、リサイクル原料となる使用済み容器を持ち込むと、商品購入時に使えるポイントを付与するサービスや、残り物を使ったレシピを紹介する動画の公開などもおこなわれている。
「生物多様性の損失を食い止め、回復の軌道にのせる」ことを目指すネイチャーポジティブだが、実際には多くの環境問題と密接に関わっている。政府や企業、消費者が一丸となり、ネイチャーポジティブに本気で考え取り組むことで、地球が直面している深刻な問題の解決に向けて、大きな一歩となるはずだ。
参考
※1 環境省|生物多様性とはなにか
※2 環境省|令和5年版環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書の公表について
※3 公益財団法人世界自然保護基金ジャパン「Living Planet Report 2022」(34ページ)
※4 環境省|生物多様性に迫る危機
※5 林野庁|クリーンウッド法の概要
※6 環境省|ネイチャーポジティブ経済の実現に向けて(3ページ)
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