ナッジとは 理論の意味や活用のメリット、事例をわかりやすく解説

本棚から本を取り出す手

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ナッジとは、強制力ではなく、自らの意思でよりよい選択をできるようにサポートする意味。ナッジ理論として、公共政策やビジネスの場において、世界的に用いられている手法である。本記事ではナッジの意味や理論のテクニック、活用の意義を解説。具体的な活用事例も紹介する。

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2023.08.04
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ナッジとは?

本がぎっしり並べられた本棚

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ナッジ(nudge)は、英語で「軽くつつく」「そっと後押しする」の意味を持つ言葉。無意識下に働きかけることで、対象者が自らの意思でよりよい選択をとれるようにサポートする手法を指して使われる。

ナッジは、行動経済学にもとづく理論として、2008年にシカゴ大学のリチャード・セイラー教授とハーバード大学のキャス・サンスティーン教授によって提唱された。彼らによると、「選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素」として定義されている。

公共政策やビジネスの現場では、ナッジ理論として知られており、世界中で活用されている。ナッジ理論は、経済的なインセンティブを与えたり、ルールで強制的に行動を制限したりしなくても、行動科学に基づいたきっかけにより、行動変容を促すのが特徴。整列を促すためのレジ前の足跡マークや選択を容易にするための飲食店でのおすすめ表示など、生活シーンでも幅広く応用されている。

ナッジは複数の基本原則により実践されるが、以下ではナッジを構成する4つのテクニックを紹介しよう。

デフォルト

デフォルトは、推奨したい選択肢を初期設定にすること。または、対象者にとってほしい選択をあらかじめ設定しておく手法。現状維持の気持ちが働く人間心理を活用した方法だ。サブスクリプションサービスに無料期間を設けておくことで、無料期間終了後も解約せずに続ける人が多いのは、デフォルトのテクニックを活用したわかりやすい例だろう。スマートフォン・パソコンなど、複雑な設定が必要な場合にも活用される。

フィードバック

フィードバックは、よい方向へ導くために、行動に対する評価を伝えること。特定の行動に即時で反応が返ってくる仕組みをつくるのも手法のひとつ。対象者にフィードバックを与えることで、次回以降の改善につながったり、望ましい方向に誘導したりできる。

インセンティブ

インセンティブは、利益やメリットを与えること。インセンティブにより、対象者に再度同じ行動を促せるのだ。ただし、経済的なインセンティブによって行動を強制する方法はナッジとはいえない。例えば、ポイントカードの特典もインセンティブのひとつ。行動を起こすためのベネフィットやメリットを明示し、インセンティブ要素を組み込むことが重要なのだ。

選択肢の構造化

選択肢の構造化は、選択をわかりやすく簡単にすること。多数で難解な選択肢を整理して、選択しやすくすることで、対象者のよりよい選択を促すというものだ。生活シーンにおける具体例としては、飲食店における「本日のおすすめ」の提示だろう。ほかにも、ECサイト内における商品のカテゴライズやフィルタリングなども、購入へ誘導するナッジの例といえる。

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ナッジ理論の代表的なフレームワーク

資料作成中のパソコン画面

Photo by Artem Sapegin on Unsplash

ナッジ理論をさまざまなシーンで活用するための効果的な枠組みとして「BASIC」と「EAST」がある。このフレームワークを活用すると、スムーズにナッジ理論を実践できるだろう。以下で、それぞれを解説しよう。

BASIC

「BASIC」は、ナッジの設計に役立つフレームワークとして策定された。OECDによって提唱され、政策立案者や実務者向けのフレームワークとして、世界の公共政策の現場で活用されている。BASICの構成は、「Behaviour」「Analysis」「Strategy」「Intervention」「Change」の5つ。それぞれの頭文字をとって、BASICとされる。

1. Behaviour(行動)
行動を洗い出し、問題となっている側面を特定。意識ではなく行動にフォーカスするのがポイント。

2. Analysis(分析)
行動経済学の観点から問題となっている行動の要因を分析。行動者の心理や背景にも注目する。

3. Strategy(戦略)
ナッジによる戦略を検討し、構想を練る。事例の応用や複数のナッジの組み合わせなどもあわせて検討し、複雑にならないようにする。

4. Intervention(介入)
ナッジを取り入れた施策を実施し、検証する。改善のためのデータ収集や分析のための環境の構築も行う。

5. Change(変化)
ナッジによる行動の変化を測定する。施策の監視体制、別案件への横展開、知見の普及などを含めて検討する。

EAST

イギリス内閣府の傘下に設置されている組織「The Behavioural Insights Team(BIT)」が開発したフレームワークが「EAST」だ。EASTは、「Easy」「Attractive」「Social」「Timely」の頭文字からきている。チェックリスト型のフレームワークであり、施策が行動変容に有効かどうかを評価するために用いられる。

・Easy(簡単)
わかりやすくして行動の難易度を下げること。ポイントを抜き出す、選択肢を狭める、シンプルに伝えるなど方法はさまざまだ。

・Attractive(魅力的)
魅力的な選択肢やメリットを提示すること。損失を避けたい行動特性を理解して、正しい選択へ導くのが有効とされる。

・Social(社会的)
時代や地域の社会規範に即した行動だと意識させること。多くの人がとっている行動だと伝えることで、行動に影響を与えられると行動経済学で実証されている。

・Timely(タイミング)
適切なタイミングに合わせて行動を促すこと。人の思考や行動は、イベントに影響を受けることが多い。その人にとってタイムリーであることが重要。

ナッジを活用する意義

遠くを指さす手

Photo by Maayan Nemanov on Unsplash

ナッジのメリットは、対象者に選択の自由を残している点と費用対効果が高い点にあるだろう。強制するのではなく対象者にきっかけを与えて行動を変えることから、反発を招く機会は少ないだろう。また、大きな費用をかけなくても、情報伝達方法を工夫することで、低コストで効果を得られるのがよい点である。

ナッジ理論においては、選択が難しい場合や結果がすぐに表れない場合にもっともメリットを発揮しやすい。対象者が行動変容のきっかけを見出しにくい状況にあるときに、ナッジ理論を用いることで、より望ましい方向へと導ける可能性が高くなる。このような側面から、ナッジ理論は医療や健康支援の分野でも注目されている。管理栄養士の国家資格でたびたびナッジが出題されていることからも、この事実がうかがえる。人々にきっかけを与えるナッジの有効活用は、よりよい社会を実現する可能性すらはらんでいるといえるのではないだろうか。

負のナッジ「スラッジ」もある

よりよい選択を促すためのナッジに対して、負のナッジともいわれる「スラッジ」という概念もある。私利私欲のためにナッジの効果が利用され、対象者の利益が阻害されるケースは、スラッジにあたる。

例えば、会員サービスのオプションが自動的についてくる設定は、ナッジを逆手にとった企業の策略だろう。また、煩雑な手続きや退会時の引き止めメッセージもスラッジにあたる場合がある。企業が利益を最優先にした結果、利用者が不利益を被るような仕組みは、よいものとはいえない。場合によっては、スラッジによって法的な制裁の対象になったり社会的な信用を失ったりする可能性も考えられる。ナッジの活用には倫理観が必要だ。ナッジを活用する際には、人や社会にポジティブな影響を与えられる内容になっているかどうかを考えてみよう。

ナッジの具体的な活用事例

CO2排出の様子を可視化した図

Photo by Jas Min on Unsplash

ナッジの概念やフレームワークをおさえたところで、改めて活用事例を見てみよう。以下で3つ紹介する。

ホームエネルギーレポートによる省エネの実現

家庭にエネルギー使用状況を共有するホームエネルギーレポート(HER)にナッジの知見を応用することで、省エネ行動の促進につながることわかっている。平成29年から31年度に環境省委託事業として行われた実証実験では、日本向けのHERを開発し、省CO2効果を検証した。

20万世帯を対象にHERを送付し、送付しない10万世帯と比較して検証したところ、送付世帯では1.0〜2.5%の省エネ効果を確認。実証実験におけるCO2削減量は累計で約3.4万トンにおよんだ。実証が進むにつれて具体的な省エネ行動の実施率が上昇し、送付世帯の約3割が省エネ行動を実施したとされている。

HERには、「よく似たご家庭」との使用量の比較や損失回避性を応用した「支出増」額の提示、3種類に絞っての具体的なアドバイスの提示など、随所にナッジの要素が盛り込まれた。ナッジが省エネ行動の促進に有効だと裏付けた、意義のある検証だ。

大腸がんリピート検診受診率の改善

損失を回避する特性を活かして検診受診率をアップさせた好例として、東京都八王子市の大腸がんのリピート受診の事例がある。八王子市では、前年度受診者に対して「大腸がん検査キット」を送付して受診を促していた。

受診率を上げるためにナッジを取り入れた受診勧奨通知を開発。Aグループには「検診を受けてもらえれば、来年も検査キットを送ります」」という利得のメッセージ、Bグループには「受診しないと来年は検査キットは送付されなくなります」という損失のメッセージを送付した。結果、ナッジを用いて損失回避に働きかけたBグループの受診率はAグループより7.2%高くなった。メッセージひとつを変えることで、対象者の行動変容につながった事例である。

育休取得のデフォルト化で取得率が上昇

千葉県千葉市では、男性職員の育児休業取得促進のための取り組みとしてナッジを活用。平成28年度から、育休取得ができない場合の理由を聞き取ることで、取得が当たり前の職場環境へと整備を進めている。結果として、取り組みを進める以前の平成25年度が2.2%だったのに対し、平成29年度には22.9%の取得率を達成。さらに、令和元年度には92.3%と大幅に上昇している。デフォルト化することによって、行動変容が促されたのだ。

ナッジの活用はよりよい社会のためにも有効

きっかけを与えることで行動変容を促すナッジは、マーケティングをはじめとするビジネスシーンでも多く活用されている。ナッジの本質は利益や幸福の増進であり、悪意なく取り入れられれば、政策や組織のために有効だ。

ナッジはよりよい社会のためにも欠かせない。人や社会を動かす力があるとはいえ、強制力はなく、あくまで私たちの選択をサポートする仕組みである。ナッジによって適切な方向へ歩みを進めることが、よりよい未来へとつながるのかもしれない。

※掲載している情報は、2023年8月4日時点のものです。

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