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経済学における概念のひとつ「アテンションエコノミー」。情報の質よりも人々の注目や関心を集めることに価値を見出すこの概念は、社会にどのような影響を与えているのだろうか。アテンションエコノミーについて詳しく解説する。
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アテンションエコノミーとは人々の注目や関心が経済的価値を持ち、それ自体に貨幣的意味や重要性を持つという経済学の概念である。日本語では「関心経済」「注意経済」と呼ばれる。
インターネットの普及により、人々が得る情報量は爆発的に増加した。増加した情報の質は玉石混交だ。それにともない情報の質よりも関心を引くこと自体に重きを置き、資源や交換剤としての価値を見出す傾向をさす。
アテンションエコノミーの概念は、1969年、アメリカの心理学者・経済学者であるハーバート・サイモン氏の提唱が基礎になる。サイモン氏は情報過多の時代には人間の限られたアテンション(注意)が資源になり、貨幣のような価値を持つだろうと予想した。経済活動におけるアテンション獲得の重要性を説いたのである。
1997年にはアメリカの社会学者マイケル・ゴールドハーバー氏がサイモン氏の説を発展させた。情報爆発社会では物質的経済からアテンションを基礎にした経済へ移行するという説をリリースしたのである。ゴールドハーバー氏はこの状況をアテンションエコノミーと名付けた。
そして2001年、トーマス・ダベンポート氏とジョン・ベック氏の共著「アテンション!(原題:Attention Economy)」がリリースされ、アテンションエコノミーの概念が広く普及することとなった。現代のビジネスナレッジとして注目する層が多い。
情報化社会が進む現代、アテンションエコノミーは注目を集めている。注目を集めるようになった発端はインターネット技術の発達だ。過去とは比べものにならないほどに情報量が増加した。経済活動をおこなう企業は情報発信で人々の関心や注目を集める必要性を感じ、アテンションの獲得に熱を入れるようになったのである。
インターネットの発達はSNSの発達ももたらした。Instagram、Twitter、Facebookなどが有名だ。いずれも大量の情報へ気軽にアクセスできる巨大プラットフォームである。動画サービスのYouTubeも同様に情報プラットフォームとして注目を集めている。
情報発信をするユーザーはPV数やインプレッション数を気にし、閲覧ユーザーのアテンションを獲得しようとする。大量のアテンションを獲得した発信ユーザーは一般人でも有名になり、「インフルエンサー」として社会に影響をおよぼすこともある。他人からのアテンションを獲得して社会を回す、すなわちアテンションエコノミーの一例だ。
プラットフォームを提供する企業(プラットフォーマー)もアテンションエコノミーに大きな価値を見出している。前述の代表的なプラットフォームは利用料が無料である。オプションをつければ有料になるが、ユーザー側が自分のデバイスに広告表示を許可するのであれば無料で利用できる。
プラットフォーマーの利益は広告収入が大きな割合を占める。できるだけ多く広告を表示したいと考えるのは当然だ。そこでユーザーが長くプラットフォームを使い続けたくなるように最適化させる。
この最適化がアテンションエコノミーを生み出す土壌になる。ユーザーの閲覧履歴や購入履歴を分析し、好みにマッチした広告やコンテンツを優先的に表示してアテンションを獲得するのだ。
問題は、近年ユーザー側が広告の表示に慣れきったことだろう。広告を見ない、関心を持たない層が増えた。そのため従来の広告ではアテンションが獲得しにくくなっている。
広告出稿側からしてもアテンションが獲得しづらいことは大きな痛手になる。広告出稿側はユーザーが広告をクリックしなければ利益につなげられないのだ。そこでより注目を引くよう、派手な広告(動画の自動再生や過剰なポップアップなど)を取り入れるようになった企業も少なくない。
アテンションエコノミーは現代社会の経済に少なからぬ影響を与えている。昨今はネガティブな影響が認知されるようにもなった。ここではアテンションエコノミーと適切に向き合うため、ネガティブな影響を紹介する。
利用者の動向を自動収集することはプライバシーの侵害ではないかという声がある。多くのプラットフォームでは利用規約で自動収集をする旨、ときには外部の企業に販売する旨を通知している。しかしほとんどのユーザーは意識していないようだ。
この問題は2010年前後から指摘がはじまっている。広告収益のために個人のデータを収集することは監視にあたるのではないかという指摘だ。2013年には計算機科学者(コンピュータ科学者)のクリスチャン・フックス氏をはじめとした欧州の科学者が研究プロジェクト「Social Networking Sites in the Surveillance Society(※1)」を立ち上げ、SNSのデータ自動収集がどのような影響をおよぼすかの調査をはじめた。
その結果、多くのユーザーが自動収集でターゲティングされた広告に不快感を示していた。広告を受け入れなければプラットフォームで友人・知人と交流できない点も指摘されている。
また、社会心理学者・哲学者のショシャナ・ズボフ氏はターゲティングで反応しやすい情報を表示することにより、ユーザーの行動を誘導しかねない危険を指摘している。たとえば「いいね」や「リツイート」などのアクションを起こすよう、心理的なコントロールで選択権を奪う可能性がある。
ときとしてこの傾向は社会情勢にも影響をおよぼしかねない。2016年のアメリカ大統領選挙では、大手プラットフォームから流出した個人の自動収集データが悪用された。データを入手したロシアが選挙結果をコントロールするため、大規模なフェイク情報攻撃を仕かけるというサイバーテロをおこなったのである。(※2)
アメリカ大統領選挙だけではなく、イギリスのブレグジットにおいてもフェイク情報攻撃や心理的なコントロールがあったと報道したメディアもある。現代の情報戦とも言える一連の流れには驚くばかりである。
アテンション獲得に熱を入れるあまり、広告や表示コンテンツの質が低下する。アテンションそのものに経済的な価値がある以上、とにかくユーザーの興味を引かなければならない。そのため広告やコンテンツの構成が大げさになったり過激になったりするおそれがある。
また、アテンション獲得のためにコンテンツを量産するメディアもある。いわば「数打ちゃ当たる」「一発当てればいい」という状態だ。そのようなメディアが提供するコンテンツはファクトチェックが甘くなり、質も低くなりがちである。誤情報が含まれたコンテンツが拡散されれば大きな問題が生まれるおそれもあるだろう。
量産された質の低いコンテンツのなかに、良質なコンテンツが埋もれてしまう可能性もある。有益な情報が届くべき人々に届かない。アテンション獲得を願うあまり、価値ある情報が失われてしまうかもしれない。
ユーザーが使うプラットフォームは魅力的にデザインされている。より長くプラットフォームに留まりたいと思うような構成だ。どれほどスクロールしても終わらない情報、リアルタイムで頻繁に届く通知、自動的に再生される動画など、デバイスを手放すには勇気が必要になるほどだ。結果としてSNSをはじめとしたプラットフォームへ依存してしまう。
絶え間なくデバイスを操作し、プラットフォームから与えられる情報以外への注意が散漫になる。何らかのチャンスを見落としてしまうかもしれない。デバイス以外に深い集中力を向けられなくなる姿はまさに依存症ではないだろうか。
問題点も見られるアテンションエコノミーだが、現代社会の経済活動として大きな実績を上げていることも事実である。いまのライフスタイルからアテンションエコノミーを完全に切り離すことは難しい。
また、うまく向き合い、コントロールすれば多くのコンテンツや利便性が高いサービスを楽しめることもたしかだ。依存を避けるために適切な利用を心がけよう。
たとえばSNSに依存しすぎないよう、使うときのルールを自分で決める。仕事中は通知に反応しない、ログインは時間を区切ってなどが手軽に取り入れやすい。
ときにはデジタルデトックスもよいだろう。デバイスを手に入れ、SNSに熱中する前、どのように時間を過ごしていたか思い出してみよう。
いまよりも多くの本を読んでいたかもしれない。友人と出かける計画を立てていたことはないだろうか。一定時間デバイスを手放し、少し昔の習慣をなぞってみよう。
スポーツをはじめるのも向き合う方法のひとつになる。健康も促進されて一石二鳥だ。
その結果をSNSで発信したくなるかもしれない。その発信をもとにプロテインの広告が表示されるかもしれない。だがそれはアテンションエコノミーに翻弄されているのではなく、健全なSNSの使いかたであり、アテンションエコノミーを上手に利用して有益な情報を手に入れた証明ではないだろうか。
インターネットの発達はアテンションエコノミーの発達もうながした。生活の利便性が高まるいっぽう、プライバシー侵害の可能性やプラットフォーム依存などさまざまな問題もはらんでいる。
向き合う方法を誤れば大きなリスクに直面する。膨大な情報と適切な距離を取り、プラットフォームやテクノロジーを自分の意志で安全に使いこなそう。
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