金沢で「SDGsツーリズム」が叶う理由 暮らす人が愛着を持つ、ウェルビーイングな街

SDGsツーリズムとは、市民の生活と調和した持続可能な観光を推し進める取り組み。北陸新幹線開業から7年目を迎え、多くの人々が訪れる金沢は、なぜ観光とSDGsを共存させようとしているのか、その背景を追った。

古泉洋子

エディター

ハイエンドからリアルクローズまでファッションのフィールドで、雑誌編集者として長いキャリアを持つ。もともと好きな食、お酒への興味から、イタリアのライフスタイルをこよなく愛する。最近は似たヴ…

2021.03.31
Promotion: IMAGINE KANAZAWA 2030 推進会議

SDGsツーリズムとは、市民の生活と調和した持続可能な観光を推し進める取り組み。責任のある旅行者を招き、市民生活との調和をはかりながら、双方の幸せを実現していこうというもの。北陸新幹線開業から7年目を迎え、多くの人々が訪れる金沢は、なぜ観光とSDGsを共存させようとしているのか、その背景を追った。

誰もが見つめ直す、新しい生き方

金沢市の風景①

Photo by Kanazawa City

思いがけない疫病の流行で、人生の捉え方が大きく変わろうとするいま、幸せな生き方を考え直す時がきている。拠点を地方に移転させる企業や、ワーケーションを含めて2地域居住を実践する人々も徐々に増えてきており、生活の質=QOL(クオリティ・オブ・ライフ)への意識も高まっている。そしてデスティネーションも海外から国内へ。地方創生が大きな課題だった日本にとっては、多少なりとも明るい兆しとなっているのかもしれない。

住むにしても、旅するにしても、忘れてはならないのが訪れる街のこと。そこには長く暮らす人が存在し、土地ごとの風土やマナーを守り、これまで街を育んできている。訪れる側の都合で土足で入り込むわけにはいかない。“郷にいれば郷に従え“というように、まずはその街にリスペクトを持つ姿勢が必要だ。

旅行者を引きつける金沢の魅力

金沢市の風景②

Photo by Kanazawa City

日本には個性豊かで魅力的な地方都市が多くあるが、そのなかでも金沢は、東京からも関西からも2時間半ほど、街の規模が程よくコンパクトで動きやすいと、1、2泊のショートトリップを中心に外国人を含む旅行者が急増。海も山も近いため新鮮な食材が豊富で、鮨、おでん、スイーツなど五感を刺激する美食を目当てに訪れる人が多い。2004年、伝統文化一色だった金沢の中心地に、革新的な現代アートの金沢21世紀美術館を開館したことが一つの転機となり、街に新たな光が放たれた。その結果、人口50万人にも満たない金沢市に、年間の1000万人を超える旅行者が訪れる状況となった。

歴史が育んだ、金沢市民の自負

金沢市の風景③

Photo by Ishikawa Prefectural Tourism League

幸福度、生活満足度、愛着度、定住意欲度の4つの指標の平均点から総合指標「SDGs指数」を算出したサステナブルな自治体ランキング(2020年)において全国第2位を獲得。暮らしやすさも評価された。歴史をひもといてみれば、江戸時代は百万石を有した加賀藩前田家のお膝元。当時から工芸を中心にしたものづくりを奨励し、文化水準を高めてきた。1968年には全国に先駆け、伝統環境保存条例を制定。唯一無二の伝統文化を保全、継承して発展してきた我が街に、人により強弱あれど市民は幼少期から自負を持って育つ。この誇りは一朝一夕にして培われるものではく、歴史を大切にし、コミュニティを守ってきたからこそ芽生えるものでもある。

金沢で生まれ、魅力を発信するからこその願い

金沢市の桐工芸①

Photo by Satomi Tanaka / Glass by Miki Inoue

実際暮らしている人は現在の金沢をどう捉えているのだろう。15年にわたり金沢の魅力を発信し続け、現在は主に工芸作品を販売するECサイト「オトメの金沢 陳列室」を運営する岩本歩弓さんは、伝統の桐工芸を手がける家に生まれた生粋の金沢人。若い頃は“何もないつまらない街“と感じ、一度は東京へ出たが、金沢21世紀美術館が開館した年に地元に戻った。「アート好きな仕事仲間が東京から金沢に来るたびに、観光から食事まですべてのアテンドを買って出て。案内していくうちに自分も金沢の街におもしろさを感じるようになったんです。車の免許がないことが幸いし、歩くことで魅力に気づかされました」。

メジャーな観光地ではなく、いつも自分が行っている個人経営の小さなカフェやショップなど、まだ発掘されていない普段着の金沢を紹介したいと、2006年に金沢案内の書籍『乙女の金沢』(マーブルブックス)を上梓した。この一冊をきっかけに、三越での巡回展や地元の酒蔵、福光屋の東京での企画展も恒例に。工芸作家や飲食店など150店前後のショップを一同に集め主催する、年一度の「春ららら市」(2021年4月3日〜4日)も今年で10回目を数える。「これだけの作品をまとめて見られる機会も少ないので、お客様は地元の方を中心に全国から来られます。毎年来られて、同じ作家の作品を集める方もいらっしゃいます」

金沢でもコロナ禍前に旅行者が増加し、マナーや行き過ぎた集中が問題視されることがあったという。「若い世代が郊外に離れ、街の中心地が高齢化しています。そもそもの保守的な気質も相まって、外部からいろいろな人が入ってくる環境に慣れていないため、否定的になってしまう面もあると思います」。岩本さんは外国人であっても日本人であっても、市民が訪問してくる旅行者を特別視する意識を変えていく必要性もあると考えている。「例えば、このところ人気のおでん。でも金沢おでんと言われ始めたのはごく最近のことで、お店によって出汁も具もさまざまです。なぜ旅行者が行きたがるかといえば、早い夕方からお酒が飲めて、地元の人々も旅行者も分け隔てなくカウンターを囲んで交流できる、あの親密な空間や時間を楽しみたいのだと。そんなふうにその土地のカルチャーに触れることで、また来たいと感じるのだと思います」。

金沢市の桐工芸②

Photo by Satomi Tanaka / Flower Base by Miwa Yamasaki

岩本さんは“観光“という表現にも違和感を覚えている。「金沢に来る人も団体客、個人のツーリスト、ビジネストリップと目的はさまざまです。またこれからはワーケーション、ステイケーションで中長期滞在する人も出てくるでしょう。そういう多彩な訪問者を“観光客“とひとくくりにしては、ともに同じ幸せなゴールを目指すのは難しいかもしれません。訪問者と市民とのボーダーをなくすことが理想。だから脱観光なのではないでしょうか。それにはまず住んでいる人が住みやすい街でなければ、訪問者を受け入れる余裕は生まれないと思います」。

「関係人口」からスタートした金沢暮らし

金沢市の写真

地方創生を担うなかで「関係人口」という概念があり、現在、その拡大が取り組みの柱となっている。関係人口とは、自身はもとより家族がその地域にルーツがあったり、過去に暮らしたり滞在した思い出の土地であったり、リピーターとなった旅行者など、その土地への関わりに想いを持つファンのような存在のことを指す。

futabaのYouTubeアカウントで動画クリエイターとして丁寧な暮らしを発信している双葉さんも、現在は定住する市民だが関係人口として住み始めたという。出身は富山、高校時代を金沢で過ごした。その後、兵庫の大学へ進学し、フードコーディネーターを目指し東京へ。器を販売する店をやりたいと考えたとき、たった3年だが住んでいた金沢でのいい思い出が頭に浮かび、12年前に移住。環境もよく、風情のある犀川近くに作家ものの器とヨーロッパのアンティークを扱う古道具と器の店「ENIGME」を開いた。実際使って気に入ったものを直交渉で仕入れる、その目利きとセンスが評判となり、2年前に閉店する頃には7割が東京からのお客様だったとか。

金沢市の写真②

現在は島根出身のご主人との金沢市郊外のマンションでの二人暮らし。発信している暮らしvlogでは、衣食住にまつわるパーソナルな風景を綴っている。「ショップを開いていたときも、現在の活動でも、やはり私は自分が本当にいいと思ったものだけを自発的に伝えたいのだと実感しています」。東山の高木糀商店に出かけ、糀から甘酒をつくる動画などもあり、金沢で過ごす穏やかな日々の発信に6.5万人のファンを持つ。また6人の生活のアイデアをまとめた人気書籍 『自分の機嫌は「家事」でとる』(主婦の友社)にも登場。日々の何気ない小さなことを大切にし、自分の生活を愛する姿勢は、街との関わり合いがあってこそ。「金沢は雨も多く、雪も深い。天気は少し厳しいですが、おいしいものもたくさんありますし、居心地がいい街です。古い町家を保全しながら活用する動きもすてきなことだと思います。けれど表通りに画一的な大型複合施設が多くなると、せっかくの金沢のおもしろみがなくなっていくのではと危惧しています」。

すべての人が心満たされる金沢旅の新たなカタチ

金沢市の写真

Photo by Ishikawa Prefectural Tourism League

取材を通して、あらためて金沢で暮らす人は自身の美意識や哲学にこだわりがあり、品性があるからこそ、いい意味で自分のテリトリーをわきまえていると感じた。それが街への愛着と誇りにも通じ、心が満たされているのだろう。金沢市は《世界の「交流拠点都市金沢」の実現〜市民と来街者が“しあわせ”を共創するまち〜》を掲げ、2020年にSDGs未来都市、自治体モデル事業にも選定された。これまでのように、名所を駆け足で巡ったり、SNSの写真を撮るためだけに行列に並んだり、そういう表層的な消費型観光から、街をもっと深く知る持続可能な交流型観光へ。例えば伝統工芸の作家と触れ合い、つくり手の思いから知ることで知的好奇心を満たす。手入れの行き届かない庭園を地元の人と一緒に手入れをし、自身で整えた庭園で抹茶をいただきながら鑑賞する。数々の魅力的なヘリテージを多く持つ金沢だから叶う、責任ある旅行者としての新たな旅のカタチ「金沢SDGsツーリズム」を体験してみたい。

金沢市の写真

Photo by Ishikawa Prefectural Tourism League

お問い合わせ先:
金沢SDGsツーリズム
https://kanazawa-sdgs.jp/kanazawa-sdgs-tourism/

オトメの金沢 陳列室
https://otomenokanazawa.shop

futaba(YouTube)
https://www.youtube.com/channel/UC99nBu99beGAqaHAcly-WTA

※掲載している情報は、2021年3月31日時点のものです。

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