「Less is more(レス イズ モア)」は、最小限のもので暮らすミニマルライフの精神を表す考え方だ。「少ないほど豊かである」と訳されるLess is moreは、デザインや建築の世界にとどまらず、いま生き方の指針としても注目を集めている。
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エレミニスト編集部
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Less is more(レス イズ モア)とは「少ないほうが豊かである」を意味する言葉である。20世紀に活動して名声を得たドイツ人建築家、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ(1886 ~ 1969)が遺した言葉とされている。
日本語では「余計なものはないほうがいい」と訳されることもあるが、前述の「少ないほうが豊かである」の表現こそがローエの遺した言葉をより理解しやすくしてくれるだろう。
ローエは当時の建築界に大きな影響を与えた。1900年代前半に主流だった華美なヨーロピアンデザインに対し、ローエは最小限の要素で構成されるデザインの作品を発表。不要な装飾をすべてそぎ落とし、重要なパーツだけでつくられた彼の代表作「バルセロナチェア」は、あまりにもシンプルでありながら、見事な機能美を有していた。まさにLess is moreの体現だったのだ。
「シンプルなデザインを究めることによって美しく快適な空間をつくり出すことができる」。これがローエの遺した信念、Less is moreである。
手がけた作品の数々をシンプルにしたからといって、無論ローエは手を抜いたわけではない。彼のモットーには「God is in the details(神は細部に宿る)」があった。Less is moreとGod is in the detailsを両立させたローエは、20世紀のモダニズム建築を代表する巨匠なのである。
Less is moreは本来、ローエが20世紀初頭におけるモダニズム建築のコンセプトとして表した言葉だ。しかし、ローエのLess is moreの精神は、現代では建築だけでなくプロダクトデザインやグラフィックデザインに大きな影響を与えている。
また、その精神は「simple is best」「引き算の美学」「ミニマルデザイン」「ミニマリズム」などの言葉でファッション、絵画、文学、音楽など、我々の身の回りにあるさまざまなジャンルに浸透しているのである。さらに、自然環境の保護や人間と自然との調和を大切にしようとする現代で、Less is moreは物質的な豊かさのみを追い求めてきたことを省みる言葉ともなっている。
Photo by モスグリーンの壁紙と黒いスタンドライト
Less is moreのコンセプトでつくられたものは、日常生活のさまざまなところで目にすることができる。
街を歩けばマクドナルドやスターバックス、アップルやナイキのショップに出会うが、それらのロゴはすべてシンプルだ。シンプルなデザインは人々の記憶に残りやすい性質があるため、企業やブランドのロゴはメッセージを凝縮したLess is moreの精神に基づいたデザインとなる。
IKEAの家具やユニクロの洋服、無印良品のラインアップもLess is moreのコンセプトを踏襲したもの。ロレックス・オイスターやスイスアーミーナイフ、スカーゲンのSIGNATURといったロングセラーもシンプルであるがゆえに長年愛されてきたのである。
また、SNSにおけるTwitterのたった140文字の投稿や、Instagramのフォトだけで自分を表現できるシンプルな機能もLess is moreといえる。もっとも成功しているのがGoogleの検索サイトだろう。そのトップページは大きなロゴに検索窓と2つのボタンだけ。このシンプルさがLess is moreなのである。
海外ではLess is moreとエコロジーをコンセプトにしたものづくりが進められている。デンマークの自転車ブランド「Biomega」が、2021年~2023年の発売を目指すEVコンセプトカー「SIN」は、北欧デザインのスタンダードであるLess is moreの精神を体現したもの。効率化を追求した車体はシンプルを極めており、それでいて最小限の素材で最大限の効果を発揮できるようになっている。
「SIN」は、バッテリーの消費量を抑えることも念頭に入れた開発となっており、環境への配慮も期待できることが特徴だ。無駄を省くLess is moreはエコロジーと親和性が高いのである。
Photo by NordWood Themes on Unsplash
Less is moreのスピリットは、プロダクトデザインの世界だけでなく、最小限のものだけで暮らすミニマルライフを志す人々にも意識されている。「少ないゆえに豊かさを見いだすことができる」という概念がミニマリストたちのポリシーと共鳴するからである。
ミニマルの視点でLess is moreを捉えたとき、多くの面で共通点を発見することができる。ミニマルは「最小限」を意味し、実践においては少ないもので最大限の効果を得る性質を持つ。ミニマリストたちは、余分なものを削ぎ落とし、最小限のものにフォーカスすることで精神的に最大限の豊かさを楽しんでいる。
彼らは単に捨てるのではなく、むしろ大切なものを選び抜いているのだ。また、ミニマリストが絞り込む「最小限」は質が高い傾向にある。まさしく少ないからこそ豊かであるという、Less is moreを体現したライフスタイルなのだ。
徹底したミニマリストでなくとも、ミニマルな暮らしを志向する人は確実に増えている。『人生を変える断捨離』(ダイヤモンド社)や『人生がときめく片づけの魔法』(サンマーク出版)がベストセラーになったのも、人々がものにあふれた暮らしに疲れていることを現しているのではないか。
ベストセラー作家、本田直之氏の著書『LESS IS MORE 自由に生きるために、幸せについて考えてみた。』(ダイヤモンド社)では、世界的に見ても豊かなはずの日本の幸福度が、なぜ北欧や日本より貧しい国よりも低いのか、問題提起したうえでものを減らしてシンプルに生きることや、お金や時間に縛られない生き方を提唱している。こうした考えに共感する人も多いはずだ。
Photo by pepe nero on Unsplash
そもそも日本人はミニマリズムと相性のいい民族といえるだろう。日本に根付く「禅」や「侘び寂び」の意識はLess is moreと共通する性質を持つからだ。三十一文字に心情を凝縮する和歌や俳句もミニマリズムの文芸といえる。枯山水に代表される日本庭園もミニマルデザインだ。
むしろローエは日本庭園を目にしたとき、Less is moreの概念を得たのだという説もある。日本人にとってLess is moreの考え方やミニマリズムは、受け入れやすいのかもしれない。
次々と新製品が発売され、ものがあふれる日本。ミニマリストでなくとも、持続可能な社会の構築を目指すならいまこそ、ローエのいうLess is moreを見つめ直す機会ではないだろうか。
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