ラナプラザの悲劇とエシカルファッション 第二の悲劇を生まないためにすべきこと

衣服の製造工場

バングラデシュの商業施設で起きた「ラナプラザの悲劇」は、世界のファッション業界の過酷な現状を世に知らしめた事件として知られる。なぜ、起きたのか。どうして大きな被害が生まれたのか。そこにはどんな社会的な問題が潜んでいるのか。悲劇を再び生まないにはどんな行動が求められているかも記述。

2020.11.30

世界が震えた「ラナプラザの悲劇」とはなにか

「ラナプラザの悲劇」とはなにか。エシカル消費やエシカルファッションに興味がある人なら1度くらいは、この言葉を見聞きしたことがあるのではないか。Wikipediaに「ダッカ近郊ビル崩落事故」として紹介ページがあるほど、世界的に知られている。
 
この事件は、2013年4月24日、南アジアにある小国、バングラデシュ人民共和国の首都、ダッカから北西約20キロの街・サパールで起きたもの。その街にある商業ビル「ラナプラザ」が、突如崩壊し多数の犠牲者を生んだことを指す。

ビルの倒壊で亡くなった方は1100名以上。負傷者は2500人以上、行方不明者は500名以上という大惨事だった。ときおり事件と呼ばれることがあるのは、のちにビルのオーナーや工場経営者が逮捕されているためだ。

なぜ「悲劇」と呼ばれるのか

ビルの崩落事故現場

Photo by Micah Williams on Unsplash

ラナプラザ倒壊の事故は、なぜ悲劇と呼ばれるのか。それは、犠牲者の数が非常に多かったから、だけではない。熾烈化する大量生産大量消費の仕組みによって生じた社会のひずみが、集約されていたような事故だったからだろう。

「ラナプラザ」には、銀行や商店のほか、縫製工場が所狭しと詰め込まれていた。事故前日には、ビル崩落を起こしうる危険な亀裂が見つかり、ビル仕様の中止の警告が出されていた。

にも関わらず、ビルのオーナーはそれを無視し操業を続けた。また、縫製工場の経営者は、従業員をそのまま働かせ続けた。そして翌朝9時、ビルは轟音を立てて崩壊。保護されるべきだった多くの人命が犠牲となった。

事故調査にあたったバングラデシュの調査官は、大型の発電機と、数千台にもおよぶミシンの振動が、誘因だったとしている。調査を進めると、建物は正規の許可なしに建築されており、5階よりも上の階は違法に増築されていたという。

そのような状況は、バングラデシュはアジアの最貧国のひとつでることに起因する。安い人件費を目当てに、世界から名の知られたファッションブランドが縫製工場を置いているからだ。

実際に、「ラナプラザ」内の縫製工場では、マンゴーやベネトンなど、27の有名アパレルメーカーの縫製を受注していたという。

先に述べたように、危険を知らされながら強制的に就労させられたことがこの事故の被害を拡大させた。劣悪な労働条件のもと、労働組合の結成も認められないまま不平等な労働を強いられていたという、典型的なスウェットショップのリアルがここにあったのだ。

「ラナプラザの悲劇」で犠牲になった方々のなかには、多分に低賃金で就労させられていた若い女性たちが含まれていた。手軽にファッショントレンドを追えるとして人気のファストファッションは、貧しい国の若者の未来を搾取し、ついには命をも奪ってしまうリスクもはらんでいることを、決して忘れてはならないだろう。 

「ラナプラザの悲劇」はその後どうなった?

バングラデッシュの市街地

Photo by Niloy Biswas on Unsplash

「ラナプラザの悲劇」は、その後どうなったのか。

この事故は、あまりに規模が大きく凄惨だったため、皮肉にも世界中が注目することとなった。それにともない、ファッション業界の構造的な問題点が知られることとなり、方向転換を余儀なくされた。

事故の翌月、5月には安全を監視する機関として「バングラデシュにおける火災予防および建設物の安全に関わる協定(The Accord on Fire and Building Safety in Bangladesh 以下、アコード)」を設置。 

ここには「H&M」や「ザラ(ZARA)」などを展開するアパレル企業・インディテックス(INDITEX)をはじめとする、欧州のアパレルメーカー、222社が署名した。
日本の「ユニクロ(UNIQLO)」も、13年8月に署名している。
このアコードは法的拘束力があり、実際に多くの縫製工場の安全検査を実施し、問題点を指摘している。

一方、アメリカの企業が中心となって、「バングラデシュ労働者安全連合(Alliance for Bangladesh Worker Safety 以下、アライアンス)」が同時期に設置。工場の安全を監視にあたることになった(※)。

「ラナプラザの悲劇」から7年。なにが変わったのか

ディスプレイされた衣服

Photo by S O C I A L . C U T on Unsplash

ファッション業界が内包する構造的な闇を白日の下にさらした「ラナプラザの悲劇」。

痛ましい事故を契機に、労働環境や人権問題の改善やサプライチェーンの透明化など、幅広いところによい影響が及んでいる。 

事件の翌年、2014年からファッションに対する考え方を見直す取り組みとして「ファッションレボリューションデイ」がスタート。

2016年からは、エシカルでより持続可能なファッションへの転換を求める、その活動が「ファッションレボリューションウイーク」として拡大している。 

ちなみに、前述の「アライアンス」「アコード」両監視機関の設立により、バングラデシュの労働者の環境が改善へ進んだことは確かだ。

しかしながら、いずれも活動期間が5年と期限付きだったため、「アライアンス」は18年で停止。

1700にも及ぶ工場を監視してきた「アコード」も同様に停止の予定だったが、同機関は縫製工場がいまだ火災などのリスクを多分に抱えていると判断。

バングラデシュの下級裁判所が出した停止命令に対して、19年5月に「アコード」側が上訴。281日間の活動継続と後継の組織への引き継ぎが認められた。 

これら一連の動きに対し、労働者の権利を推進する団体である「国際労働権フォーラム」や、縫製産業に従事する労働者の環境改善を訴える非政府組織「グリーン・クロース・キャンペーン」などは、バングラデシュ政府へ監視の以降は時期尚早として懸念を表明している。

ここにきて、さらに別の問題が浮上している。コロナ禍で、消費が落ち込んだことや輸送が難しくなったことで、依頼者(ブランド)側から受注生産者(縫製工場)側への未払いが多発しているというのだ(※2)。 パンデミックが長引くいま、この事態も注視していきたい。

悲劇を生まないために私たちができること

バングラデシュ人の女の子

Photo by Ahmed Hasan on Unsplash

ファッションを享受する側の私たちは、どうしたらいいだろうか。

まずは、この事件の要因となった大量生産・大量生産のアイテムを買わない、使わないことからはじめよう。環境への負担が少ないオーガニック素材や、児童労働を排除し、正当な対価を支払うフェアトレードによってつくられる品は、人にも地球にもやさしい。 

すでに環境に配慮したサステナブルなファッションを愛用しているなら…。さらに自分から正しい情報を取りに行き、常に新しい情報をアップデートしよう。スマートフォンやタブレットがあればできることなので、広く正確な情報を集めるクセを付けたいものだ。

正しい情報をキャッチする大切さは、北欧ブランド「H&M」が証明してくれている。かつて見せかけのエコ、グリーンウォッシュで糾弾された過去もある「H&M」。その反省を生かし、いまでは世界でもっとも期待されるエシカルファッションブランドのひとつにまでなっている。

購入する際はさらに注意深く、その品がどんな過程を経て、手元まで届いたかを詳しく知っていこう。もし、自分で調べてわからなければ、ショップの人に尋ねるといい。消費者が「訊くこと」によって、売る側の意識もどんどんと変わっていくだろう。

環境に配慮したオーガニック素材や人権に配慮した製造、フェアトレードなどのエシカルな品は、手間や時間がかかるぶん多少値が張る場合もある。だからこそ、買う前によく考えるし、手に入れた後も大切に使う行為につながる。

長い時間を共に過ごせば愛着が沸き、さらに長く使いたいと思うようになるだろう。人によっては修繕やリメイクのアイデアや工夫が生まれ、アップサイクルする楽しさに目覚めるかもしれない。

このように、1つのアイテムから自分の知識や楽しみの世界が広がっていく喜びを感じながら、同時に、社会へのよいアクションにつながるとしたら、なんて気持ちがいいことだろうか。

※1
Sustainable Japan ラナプラザ崩落事故
https://sustainablejapan.jp/2015/08/24/ranaplaza/18224

※2
今、バングラディシュ「ラナ・プラザの悲劇」以上のことが起きようとしている
https://note.com/mihotabaru/n/n0179c4ca2681

※掲載している情報は、2020年11月30日時点のものです。

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