人間の多様性を認識し、尊重するインクルーシブ教育が注目されている。障害のある子ども、ない子どもが共に教育を受けて共生する社会を構築するシステムだ。インクルーシブ教育システムのあり方、導入のメリットを考える。
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インクルーシブ教育とは、障害のある子ども、障害のない子どもがともに学ぶ教育システムである。一人ひとりが必要とする合理的配慮をし、望めば誰もが地域の学級で学習できることを目的とする。合理的配慮はケースバイケースの意識が必要である。
「インクルーシブ(inclusive)」は「包括、包み込む」の意味がある。障害の有無によって学ぶ場所を分けられるのではなく、すべての子どもを包み込み、その中で合理的配慮によるサポートを受けながら共生することに意義を見いだしている。
インクルーシブ教育は1994年、UNESCOの国際会議で「Education for All(万人のための教育)」が提唱されたことが始まりである。すべての子どものための教育を目指す動きが広まったのだ。それまでは障害の有無で分けられていた教室を同一にするなど、日本でも文部科学省を中心に対応が開始された。
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インクルーシブ教育とよく混同されがちなものに「インテグレーション教育」がある。インテグレーション教育は統合教育とも言われる。障害を持つ人が障害のない人と同等に生活するノーマライゼーション意識を根底とする教育理念だ。日本でも取り組まれた過去がある。
しかしインテグレーション教育は、「障害のある子どもを通常の教室に入らせる、同じ環境で学ばせる」という部分が重視されすぎており、成功したとは言いがたい。1人1人に対する必要な配慮が不足したため、学力の差がつきすぎる、いじめが起きるなどの問題が発生したのである。
その後、インテグレーション教育は問題点を改善し、インクルーシブ教育へと変化を遂げる。日本でも2010年、文部科学省がインクルーシブ教育理念の方向性を提示した。環境の整備、個々への配慮の必要性といった具体的な指針が打ち出されたのである。
インクルーシブ教育は包括的な教育を目的としている。障害を理由に排除される子どもを生み出さず、学校生活のなかに参加し、学習することこそが理念である。排除される子どもを同じ場所へ入れるだけではなく、共生するためのサポートやシステム構築も必要だ。
インクルーシブ教育の実現へ向け、効果的なシステムの構築が試みられている。例えば身体障害を持つ子どものサポートのため、校内の段差を減らす。学習障害を持つ子どもには対応スキルを持つ教員を配置する。学習環境を整えることが重要であるためだ。
自治体の協力も大きな支えになる。サポートを必要とする子どもたちの共生には環境整備が必要だ。まずはボランティアスタッフを配置する方針が注目されている。子どもたちのために行政や地域の大人たちがシステム構築を意識するべきである。
インクルーシブ教育は1990年前後からアメリカ、カナダを中心に広がり始めた。1994年にはスペインとUNESCOが開催した「特別ニーズ教育世界会議:アクセスと質」において「サマランカ声明」が行われた。特別なニーズ教育における原則、政策、実践に関する内容である。
「特別なニーズ」とは、インクルーシブ教育における個々への配慮に該当する。このサマランカ声明によってインクルーシブ教育のあり方が提示され、世界的な認知が高まった。
2006年には国連総会で「障害者の権利に関する条約」が採択される。インクルーシブ教育について言及し、システム構築の後押しとなった条約である。日本では2007年に批准され、以降、文部科学省が中心となってインクルーシブ教育に取り組んでいる。
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インクルーシブ教育のメリットとデメリットをピックアップする。関わる立場によって異なっていることがわかる。
障害を持つ子どもと保護者にとって、いままで受けられなかった教育の機会を得ることは大きなメリットだ。特別支援学校にしか通えなかった生活から、地域の学校へ行くことができるようになる。
障害を持たない子どもは、障害を持つ子どもと関わることにより、共生社会の理念を学ぶことができる。共生社会はインクルーシブ教育の根本だ。
教師や指導員、教育機関にとっては、障害に対する知識が深まるメリットが生じる。多種多彩の子どもたちと関わることにもつながり、見識が広がることで、さらなる教育スキルの向上が期待できる。
デメリットが存在しないわけではない。障害を持つ子どものデメリットとして考えられることは、インクルーシブ教育の合理的配慮を「特別扱い」と解釈する層から反発を抱かれる可能性がある。また、いじめの発生を懸念する声もある。理解を得るため、教育機関側の行動が要される部分だ。
障害を持たない子どもは授業の進行速度が遅れること、未熟な指導員によって障害を持つ子どものサポートを過度に押しつけられることが考えられる。実際、インテグレーション教育では見られた光景だ。同じ轍を踏まないよう、大人たちの配慮が必要となる。
教師や指導員は個々への合理的配慮により、業務が増加し、負担を感じる可能性がある。また、教育機関は施設のバリアフリー化のような改築にかかる費用について考えなければならない。
インクルーシブ教育は日本でもすでに導入、実践が行われている。ここではいくつかの実践例をピックアップする。
神奈川県はインクルーシブ教育に力を入れている。小学校・中学校において共生社会に関する理解を深める指導を導入している。4市町の7校が参加した「みんなの教室」では、障害を持つ子どもが通常学級で学ぶための支援の整備、運用を行った。
教職員間の日常的な情報共有、子ども同士の交流が行われ、共生社会への理解を深める結果を出している。教育相談コーディネーターを中心とし、今後もインクルーシブ教育を推進していく。
東京都文京区では小学校7校・中学校3校において、特別支援学級と通常学級の交流と共同学習の推進が行われた。交流学級担任と特別支援学級担任との連携強化にも力を入れている。
結果として子どもたちの社会性や集団参加の力が定着し、通常学級の子どもが特別支援学級の子どもを身近に感じられるようになった。
インクルーシブ教育は、いまだ成長の過程にある。今後の課題としては、まず教育機関における人員の充実だ。インクルーシブ教育では合理的配慮が必須だが、人員不足のため負担を感じる教員、指導員が多い。通常学級の子どもが障害を持つ子どもへの合理的配慮を特別扱いだと考えない指導法の確立も重要だ。
また、身体障害を持つ子どもが同じ場所で学べるよう、校内施設の改築も必要とされるため、予算についても課題が生じる。
文部科学省では、短期的な目標として校内施設の改築、環境整備を挙げている。インクルーシブ教育の、より効果的なシステム構築は中期的な目標となっており、今後の施策が注目されるところである。
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