家畜伝染病予防法の一部改正に伴い、飼養衛生管理基準が見直される。大臣指定地域に指定された場合、豚や牛といった家畜の放牧が中止され、屋内での飼育が義務づけられる。アニマルライツセンター岡田千尋さんによると、将来的には鶏にまで規制の対象が広がる可能性があるという。
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※ アニマルライツセンターでは「放牧制限」への署名を募集中。期間は6月10日(水)まで。
国内の豚熱まん延を防止する目的として、家畜伝染病予防法の一部が改正される。見直し案では、家畜の衛生管理で守るべき基準を示した「飼養衛生管理基準」も改定され、家畜の放牧を中止する条項が盛り込まれた。
農林水産省が示した大臣指定地域に該当する地域では、放牧場やパドックといった屋外での飼育が禁止される。対象となる家畜は豚だけではなく、イノシシ、牛、水牛、鹿、めん羊、ヤギの7種類となる。
豚熱は感染したイノシシや豚肉を媒介として豚に伝染していく病気だ。今回の改正により野生のイノシシとの接触は避けられるが、畜舎での飼育が義務化されれば、家畜たちは太陽光を浴びられず、運動の機会も大きく制限されることになる。免疫力が低下する可能性も考えられ、ウイルスの感染拡大を助長すると危惧する畜産農家や有識者も多い。
果たして畜舎に家畜を閉じ込めることが、豚熱の発生リスクを抑えることにつながるのだろうか。そして、私たちの暮らしにはどのような影響があるのか。認定NPO法人アニマルライツセンター代表の岡田千尋さん(以下、敬称略)に話を聞いた。
認定NPO法人アニマルライツセンター代表理事/岡田千尋さん
ーー今回の飼養衛生管理基準改正の問題点を教えてください。
岡田:一番の問題点は、放牧の中止という文言が入ったことです。畜産農家さんのなかには、野生のイノシシとの接触を避けるために防護フェンスと電柵で対策を講じているところもありますが、それに輪をかけて屋内に入れなさいということになった。
これは養豚に限らず、個人で飼っているミニブタやヤギなども対象となります。施行されれば、自宅の庭などで放し飼いもできなくなります。牛や羊が放牧されている様子も見れなくなるわけです。
Photo by AnimalRightsCenter JAPAN
ーー放牧の中止で病気は防げるのでしょうか?
岡田:その確証はないんです。農水省はリスクの話をしています。農水省が主張するように鳥から感染する可能性はもしかしたらあるかもしれませんが、事例として立証できたことはないはずなんですね。海外の論文を調べてみても、そういった記述は見当たりません。
フェンスなどでイノシシとの接触をきちんと防いで、ネズミが住まないように周辺の見通しをよくしたりすれば、豚熱のウイルス感染へのリスクは屋内飼育と変わりません。
ーー屋内でも豚熱に感染するリスクはあるのですか?
岡田:2018年9月に豚熱が発生して以来、約15万8000頭の豚が殺されました。その多くが屋内の飼育だったんですね。飼養衛生管理基準で野生動物の侵入を防ぐ柵や防鳥ネットを設置するよう義務づけましたが、結局は防げなかったということなんですよ。屋内も屋外もリスクは一緒なのに、屋外の飼育だけやめさせようとしているのが問題だと思います。
ーー屋内飼育によって逆に免疫が低下する可能性もあるのでしょうか?
岡田:その可能性が高いと思っています。屋内より屋外で飼育している家畜のほうが免疫が高いという科学的根拠もあります。ただそれが、必ずしもウイルスに感染しないこととイコールではないんですよ。
今回の新型コロナウイルス感染症でも、若くて健康な人もウイルスに感染することがわかっています。ただそれが無症状だったり、重症化しなかったりする。それと同じでどのような飼育であっても、ウイルスに感染する場合もあるんですね。
私たちは三密を避けようと言われ続けてきましたが、屋内の畜舎はまさに「密」なわけですよ。豚熱をはじめとするウイルスは、日光と乾燥に弱いことがわかっています。屋内に閉じ込めることになれば、必然的にウイルスの感染リスクは高まるのではないでしょうか。
Photo by AnimalRightsCenter JAPAN
ーー動物の健康状態を保つのも難しくなりそうです。
岡田:牛はかなり厳しいですね。とくに乳牛は長期間飼育するものなので、5〜10年を屋内で飼育するなると、いろんな病気にかかるリスクが高まります。そういう理由から、また労働の改善という観点から、農水省も放牧飼育を推奨してきた経緯があるんですね。牛の場合は足の病気やヒズメの病気にかかりやすいですし、難産になる可能性もある。健康自体が保てなくなると思います。
ーー日本の畜産界にはどのような影響が?
岡田:大臣指定地域になっている24都府県では放牧養豚ができなくなります。ウイルスをもっているイノシシの生息地域とその近隣が対象です。それに大臣指定地域はいつ解除されるのかがまったくわかりません。
このままいくと3、4年後には東北のほうも対象地域が広がります。少なくとも、本州では数年内に放牧ができなくなるという予測すら立ってしまう。いまは7種類の家畜が対象ですが、今後は鶏も規制の対象になる可能性もあります。
Photo by AnimalRightsCenter JAPAN
ーー工場的な畜産が加速していくことでしょうか。
岡田:完全なウィンドレス(窓のない畜舎)で、ファンで空気を取り込んでいるような環境で育った畜産物しか手に入らなくなる未来がくるかもしれません。平飼いの卵や自然な農法で育った国産の肉を食べられなくなるということです。
さらにいうと、工場畜産によって同じ場所に同じ遺伝子をもった家畜が大量にいる状態は、ウイルスを進化させやすいといわれています。これは鳥インフルエンザの事例からわかったことですが、豚でも豚インフルエンザのようなことが再び起きるのだろうと思います。
今回の新型コロナウイルスでも、東京都が「ウィズコロナ」といって、ウイルスと共存しないといけないと言っていますよね。そういった考え方を、畜産の分野でも進めていく必要があります。どうすれば新しいウイルスを発生させないのか、動物たちが打ち勝っていけるのかを考えていく。そうしないと、畜産の持続可能性は失われてしまいます。
Photo by AnimalRightsCenter JAPAN
ーー私たちにできることはありますか?
岡田:家畜伝染病予防法一部改正のパブリックコメント(※)が6月11日まで募集中です。ひと言で構いませんので、みなさんの声を届けてほしいと思います。放牧の生産者はそこまで多くはないので、消費者が放牧を支持しているんだと伝わるのがすごく重要です。アニマルライツセンターでも署名活動をしておりますので、ぜひご協力をいただきたいです。
※ 行政機関が政策を実施する上で政令や省令などを決める際、あらかじめその案を公表し、広く国民から意見、情報を募集する制度。
家畜伝染病予防法施行規則の一部を改正する省令案の意見・情報の募集について
意見・情報受付締切日:2020年06月11日
パブリックコメントはこちらから
認定NPO法人アニマルライツセンター
https://arcj.org/
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