エコサイドとは「環境に深刻かつ広範、または長期的な損害を与える可能性があることを知りながら行う、不法で無慈悲な行為」である。エコサイドは平和に対する罪として認定されるのか? 法で裁くことはできるのか? 地球環境を破壊し続けてきた人類に、極めて難しい問題が突きつけられている。
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エレミニスト編集部
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エコサイド(ecocide)を一言でいえば、自然を大規模に破壊し、気候や生態に緊急的な事態を引き起こすこと。「エコ」と「ジェノサイド(大量虐殺)」を組み合わせた言葉で、現在、国際法で定められた「平和に対する罪(crime against peace)」に位置づける考え方や動きが広がっている。(※1)
エコサイドを国際犯罪にするために世界に向けて情報を発信しているストップエコサイドインターナショナルは、イギリス人国際弁護士ポリー・ヒギンズ(1968-2019)によって2017年に設立された。
彼女はスピーチの中で、
1)地球にもいい弁護士が必要であること
2)地球が不公平に扱われていること
3)地球の利益を保護する法律が存在しないこと
を述べ、エコサイドを国際刑事裁判所による処罰の対象とすることを訴えている。
このような考えから、ポリー・ヒギンズ氏は2010年に国連に対して、エコサイドを平和に対する5つ目の犯罪とすることを提案。目的は「環境破壊への大きな歯止めの一歩」。その考え方と行動は、英国や欧州を中心に広がり世界へ波及、注目を集めている。
国際的な紛争や問題の解決に責任を持つのは、国際連合の主要な司法機関である「国際司法裁判所(International Court of Justice、ICJ)」である。
一般的に世界法廷といわれるこの裁判所へ、これまで平和を害した多くの当事国に出廷を求め、国際法に基づき「世界の平和を脅かす事項」に対処してきた。1946年の創設以来、およそ164件の事件を取り上げ、国連加盟国による平和訴求に対して判決と司法命令を実行。あるいは、国連機関からの要請に応えて勧告的意見を発表している。(※2)
しかしながら、注意しなければならない点として、国際法とは、国内の法律とは大きく異なる点が2点ある。1点目に「当事国の同意」がなければ裁判を行うことはできないこと。2点目に、国際社会における「法の執行機関」がないことである。
たとえば国家の場合には、警察によって犯罪を防止し、社会の秩序が維持されている。一方、国際社会には、統一的な権力的機関は存在せず、国際法を実効的に執行する制度はない。すなわち、防止措置や強制措置の制度はあるが、実効性については保証がないというのが、国内の法律との相違点である。
現在、国際法で定められた「平和に対する罪」は以下の4つである。
・戦争犯罪
・侵略犯罪
・大量虐殺
・人道に対する罪
平和に対する罪とは、地球上のすべての一般人に対して行われた殺害、せん滅、奴隷化、移送やその他の非人道的行為などを指す。また、政治的、人種的、宗教的理由に基づく迫害行為が含まれ、侵略や国際条約、協定、誓約に違反する戦争の計画、準備、開始、遂行、計画あるいは共同謀議への関与も該当する。
近年では、ミャンマー西部のラカイン州に住むイスラム系少数民族ロヒンギャ問題が記憶に新しい。ミャンマー国軍はロヒンギャに対し、殺人、レイプ、放火などの大規模な残虐行為を行ったことが国際的に非難を浴び、ICJはミャンマーに対し、ジェノサイドを防止し、証拠保存措置を講じるよう求める暫定措置命令を決定した。(※3)
第二次世界大戦中、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)率いるドイツ国(ナチス・ドイツ)がユダヤ人などに対して組織的に行った絶滅政策・大量虐殺も、いうまでもなく平和に対する罪の顕著な事例として挙げられるだろう。
もしエコサイドが国際的な罪になれば、「エコサイドを生じさせた企業のトップ」、「エコサイドにつながる事業を優先させる政策を許可した国家・州の元首」、「エコサイドを生じさせる事業に資金供給をしたトップ」などの関係者は裁かれ、責任を負うことになる。
このこと自体は、「エコサイドの抑止力」になるとともに、限りある資源をめぐる争いに終止符を打つことになるだろう。そして、環境に悪影響を及ぼさない持続可能なエネルギーが選択肢として残されることになるだろう。
ストップエコサイドインターナショナル(※1)では、以下のようなことをエコサイドの例として挙げている。
・オイルの流出やプラスチックによる海洋汚染
・底引き網や乱獲による海洋資源の枯渇
・牛の放牧
・動物飼料や大豆の栽培
・鉱物資源の採掘
・パームヤシプランテーションによる森林破壊
・鉱物資源の採掘
・繊維産業から排出される化学物質などによる土地と水の汚染
・核実験や原子力発電所の事故による放射能汚染
・工場から排出される汚染物質による大気汚染
たしかに、上記は地球環境を保全する上で抑制されるべき事項であることはまちがいない。しかしながら、我々は直接的、間接的に関わらず、これまで世界の生態系を痛ましいほどに犠牲にしながら、目の前の利益や利便性を優先してきたことも事実である。
だからこそ、法で禁止し、裁く、という考えは正論と言える。だが、環境・動物・人類の権利が複雑に絡み合っている現代社会において、それらを平等・公平に法で裁くことができるのか。
エコサイドは、平和に対する罪、そして大量虐殺であるジェノサイトとは、まったく異なる論点での議論や法整備が必要であり、単に「賛成!」「反対!」と表明することができない極めて難しい問題である。
ベトナムへの軍事介入の際に米軍が使用した枯葉剤。使用した目的は、解放戦線の隠れ家であるジャングルを絶滅させ、解放区でつくられる農作物を汚染し、食糧を奪うためだ。1961年から10年の間に約7,200万Lを使用し、南ベトナム全土の14%に相当する森林や農村へ枯葉剤を散布した。
その結果、南ベトナムの耕地全体の5%以上と森林の12%、マングローブ樹林の40%が枯死。(※4) また、枯葉剤に含まれる催奇性や発がん性を持つ猛毒のダイオキシンによって、少なくとも計800万人以上に重篤な疾患や健康被害をもたらしている。
ブラジルでは1940年代に政府によるアマゾン開発計画が始動。調査探検隊をジャングルの奥へと送りこみ、1960年代以降には横断道路が次々と建設され、アマゾン開発が本格化した。
木材伐採業者が入り、マホガニーやイペーなどの商業価値のある木を切り出し、有用でない木は倒してから火を入れて焼き払い、裸地となった森の跡地で農地を開拓。もとの面積の15%がすでに消失する中、現在急速に乾燥化・水資源の枯渇が進行している。(※5)
エコサイドは、我々一人ひとりに地球市民の一員として、「あなたはどう考えるか?どう生きるか?」という難しい問いを突きつけている。
大規模な環境破壊は人類社会の存亡に関わる重要課題であり、各国の法や制度のみならず、国籍や立場を超えた「人間としての倫理観」を高めていくことしか解決の道はないのではないか。
いずれにせよ、時計の針を逆戻りさせることはできない。こうしている間にも、刻一刻と環境が破壊されていることだけは、まぎれもない現実だ。
※1 ECOCIDE|STOP ECOCIDE
※2 紛争の司法的解決|国際連合広報センター
※3 ロヒンギャ問題に関して国際司法裁判所がミャンマーに対して判決|HUMAN LIGHTS WATCH
※4 ベトナムにおける枯葉剤被害者と障害者支援|アジア途上国障害情報センター
※5 アマゾンの破壊の現状|特定非営利活動法人 熱帯森林保護団体(RFJ)
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