ベルリン在住のイラストレーター・KiKiが、サステナブルな暮らしをつづるコラム。彼女の住むアパートの中庭に突然然出現した小さな畑。一人また一人と資材や苗を持ち寄る住人たち。そこはいつしか、心休まる憩いの場に。何かに挑戦しようとする人の背中をそっと押す、やさしい教訓を伝える。
KiKi
イラストレーター/コラムニスト
西伊豆の小さな美しい村出身。京都造形芸術大学キャラクターデザイン学科卒業後、同大学マンガ学科研究室にて副手として3年間勤務。その後フリーランスに。2016年夏よりベルリンに移住。例えば、…
「すだちの香り」で肌と心が喜ぶ 和柑橘の魅力と風土への慈しみあふれるオイル
ベルリンでは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックのため、2020年3月から6月に第1回目、2020年11月から2021年6月まで第2回目のロックダウンが行われた。
外出が制限され、不安な毎日が続くなか、気分転換に「とりあえずやってみよう!」とアパートメントの中庭に突如小さな畑をつくりはじめた住人がいる。わたしのルームメイトだ。
この連載で取り組んでいる「サステナブルガーデンプロジェクト」の小さな庭は、同じアパートメントの1階に住む友人の個人的な趣味。
それとは別に、このアパートメントには住人の共有スペースである広い中庭がある。端に駐輪場とごみ捨て場があるほかは特になにもなく、青々とした芝生が広がっていた。
そこでルームメイトの突発的な思いつきで生まれた小さな畑が、おもしろい展開で成長している。そこには「とりあえずやってみればいいよ!」の心持ちで始めたことを、多くの協力者を得て、みんなで成功させる秘訣が詰まっていた。
今回は、そんなサステナブルガーデン・アナザーストーリーをご紹介したいと思う。
生活必需品を扱うお店以外の全ての施設が閉まってしまったロックダウン中、多くの人々は気分転換と運動不足解消のために、自然豊かな公園へ出かけた。
ある日、近所の公園に散歩に出かけたルームメイトは廃材が大量に放棄されているのを見つけた。もともと植物が大好きで、アパートメントの自室でも育てていたぐらいだが、廃材を見つけたとき「これで中庭に畑をつくりたい」という気持ちが抑えられず、すぐに実行したのだそうだ。
わたしも生まれ育った環境も関係して自然が大好きなのだが、長く続いたロックダウンという閉鎖的な生活を送るなかで、本能的に、さらに自然を求めるようになっていたように感じる。
彼が最初のロックダウンでつくった畑は一つだけ。全くの初心者だったそうだが、YouTubeなどで情報を調べ、拾ってきた廃材と持っていた資材で試行錯誤してつくりあげた。
最後に「みんなの野菜ガーデン! 植物を植える、耕す、食べる、いつでもあなたの好きなように!」と書かれた小さな看板を添えた。人との接触が制限される生活のなか、「誰かと一緒になにかをしたい」という想いが強くなったからだ。すると、だんだんさまざまな種や苗が植えられているようになったそうだ。
実はわたしがこのアパートメントに引っ越してきたのは、第1回目ロックダウンが開けた7月。すでに中庭につくられた畑には大きくなったトマトたちがなっていて、「なんてすてきな環境なのだろう!」と、心から感動したことを覚えている。
「わたしも何か参加したい!」と思ったが、季節的にも、スペース的にも、新しく何かを植えることができない状態だった。そこで近所の公園に散歩に行くたびに、添え木として使うのによさそうな枝を拾っては畑スペースに寄付していた。
そして秋になり、冬になり……。今度は7ヶ月にも渡る長い2回目のロックダウンがはじまった。ベルリンの冬は太陽がほとんど出ることがなく、気温もマイナス2℃や1℃にもなる。それにロックダウンが加わり、だいぶ精神的にもまいってしまった。
積もっていた雪が溶け、中庭の緑がやっと顔を出したころ。ルームメイトが「もう引きこもるのも、何もしないのも限界だ……!」とまた廃材を拾ってきて、なんともう一つ畑をつくりはじめたのだ。
畑が一つだけだったころは、気づいたらこっそり何かが植えられている、という感じだった。しかし2つになると、新しい変化が起こり始めた。
長く続くロックダウンという閉鎖的な生活を送るなか、本能的に自然を求めるようになっていたのは、みんな同じだったようだ。
畑は2つになったが、すぐにさまざまな苗たちが持ち寄られ、定員オーバーに。苗を植えた住人たちが畑を囲んで、談笑する姿も頻繁に見られるようになっていった。わたしも急いで、育てていた苗の一つをこちらの畑に植えた。
そんなある日、ドイツ語で「コミュニティじょうろ」と書かれた黄色いジョウロが置かれていた。住人の誰かが寄付してくれたようだ。
すると、毎日小さな子どもたちがジョウロで楽しそうに水をあげるようになった。しかし一つしかなかったため、時々兄弟喧嘩が起こっていた。ベルリンには、ご近所の人が不用品を持ち寄り、必要な人にシェアする場所が多くあるのだが、そこで以前、見つけて拾ってきたジョウロに「みんなのために」と書き、こちらの畑に寄付することにした。友人の庭には、他にもジョウロがすでにあったので余っていたのだ。
それから小さなプランターを持ち寄る人がいたり、子どもたちは畑周辺でおままごとを始めたり、それを見た違うファミリーのパパさんがテントを張り、遊び場を広げていった。
その様子を見て住人同士が座って話す場所になればと、わたしは道端で拾った小さな椅子も寄付した。
畑づくりだけでなく、中庭で何かをする住人も増えた。例えば、大きな台とノコギリを持ってきて、机をつくっていた青年。聞いてみると大工の職業訓練学校に通っていて、そこに提出する課題を制作しているのだと教えてくれた。
このように、このアパートメントにどんな人が住んでいるのかを知るきっかけにもなった。
この2つの畑は住人たちのコミュニティを生み出し、確実にロックダウン中のみんなの憩いの場と進化していったのだ。
不思議なことに、共有部分の中庭に一人の住人が勝手に畑をつくったことに対して、ほかの住人も、管理人も、アパートメントの管理会社も、誰も注意することがなかった。それどころか、「どうしたらもっと良くなるのか?」と自然とみんながアイデアを出し合い、現在進行形で発展していっている。
もし、ルームメイトが最初に畑をつくりはじめたとき「みんなの野菜ガーデン! 植物を植える、耕す、食べる、いつでもあなたの好きなように!」という看板を添えず、自分のためだけに行動していたら、状況は変わっていただろう。
「自分のためだけでなく、みんなのために行動すること」で、協力者も増え、自分ひとりでできないことができたり、新しいアイデアもやってくるし、ポジティブな波長が生まれていき、そしてそれは循環していく。
これが「とりあえずやってみればいいよ!」の心持ちで始めたことを成功させる大きな秘訣だと、この中庭での変化が教えてくれた。
あなたが、畑でなくても、何かをはじめたくて躊躇していることがあるなら、「これは自分のためだけでなく、みんなのためにもなるかどうか」と視点を変えて、スタートさせてみるといいかも知れない。
きっと、多くの協力者に出会える。そして最初に予想していたことよりも、おもしろい展開で進んでいくだろう。
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